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2025年12月30日火曜日

「座敷童子」と「迷い家」


座敷童子(ザシキワラシ)

 岩手県を中心とした東北地方では、座敷童子のいる家は繁栄すると言われている。その精霊は、二、三歳あるいは五、六歳くらいの子どもで、顔は赤みを帯びていたり、透きとおるような色白(ごくまれに真青)。別名はザシキボッコ、倉ワラシ、倉ボッコなど。座敷童子には男女両方いるが、女の子の場合が多いそうだ。女の子の座敷童子は黒く美しい髪を長く垂らしていたり、オカッパ頭をしている。着物は赤い色を好んで着るようだ。男の子は株切頭やザンギリ頭で、まれにツルツル坊主もいる。
 福の神のような性質があり、棲みつかれた家は繁栄し、座敷童子がいなくなると家が傾く。なので家の人はいつまでも家にいてくれるよう気を使う。小豆類が好きということで、毎日、小豆ご飯などを供えておくようにし、もし食べられていないようだったら、家が傾く前兆と考えた。
 寝ているときにイタズラされて睡眠不足になることもあり、たとえば枕を足のほうへ移動させる枕返しを手始めに、体を布団の上から押しつけたり(ひどいときには呼吸ができなくなる)、頭を叩いたり、懐に氷のように冷たい手を入れてきたりと、朝まで眠らせてくれない。
 岩手県江刺(えさし)郡では座敷童子を次の三つの種類(階級)に分けていて、それぞれ性質も違うとされている。一つ目は「チョウピラコ」。最も色白できれい。二つ目は「臼搗子(うすつきこ)」。夜中に石臼で米をつき、箕(み。穀物の殻・ごみなどを除く道具。また、ちりとり)で塵を拾う音をさせる。三つ目は「ノタバリコ」。夜半に土間から這い上がってくる赤子のようなもの。
 東北地方のなかでも、座敷童子は秋田県に少ないとされる。それは三吉鬼(大人(うし)の類)が自分の縄張りである秋田には下等な妖怪などを入れないとされていたためである。

出典:
『幻想世界の住人たちⅣ〈日本編〉』(新紀元社)

作者ひとこと:
 Geminiで生成。拙作『アマテラスの力を継ぐ者』に登場する座敷童子・鶴音(たづがね)をイメージし、着物の柄を鶴にしました。


迷い家(マヨイガ)<迷い処>

 柳田国男(やなぎたくにお)の『遠野物語』の六十三話と六十四話に、山中をさまようことでたどり着ける、不思議な異界の話が書かれている。六十三話には、遠野郷の外、土淵村の北のほうにある小国(おぐに)村で、かつて貧しかった三浦家が村一番の金持ちになった由来が語られている。それによれば、軽い知的障害のあった妻が、川沿いに蕗を採りに行き、つい山奥に入ってしまうと、そこに誰もいない大きくて立派な家があった。妻は、そこは「山男の家」で、連れ去られてしまうのではないかという恐怖を抱き、駆け出して家へ逃げ帰った。ある日、妻が川上から流れてきた赤い椀でケセネギツ(ケセネを容れておく箱)のなかのケセネ(米稗その他の穀物のこと)を量ると、ケセネはいつまで経ってもなくならない。この不思議な椀を手に入れたことによって、三浦家は思わぬ幸運に恵まれた。遠野の人は、こうした異界に富の源泉があると信じられていた。しかも、迷い家にたどり着いた者は授かり物として、その家から食器でも家畜でも自由に盗み出していいというのだから、幸福のためには「盗み」をも否定しないという考え方が垣間見られる。それは、妹が姉の霊華をこっそり取ったという遠野三山の女神の話(二話)とも通底するものだろう。ただし六十三話の妻は無欲だったために、何物も盗んでこなかったので、椀が自ら流れてきた。おそらく、少し「馬鹿」と呼ばれた人であるがゆえに、迷って異界の迷い家にたどり着くことができ、しかも無欲であったことで幸運がもたらされた。つまり、この家の繁栄は、まるで座敷童子がいるように、不思議な力をもった妻がいることによって得られた、ともいえる。遠野はこうした魯鈍な人、あるいは心の病を持つ人の神秘的な力を信じて、共生してきた社会だった。彼らはイタコやボサマ(かつて奥州にいた、盲目の門付け芸人のこと)と呼ばれた宗教者たちと同様、神や仏や死者たちの住む異界と交信できる存在だった。

出典:
『NHK「100分 de 名著」ブックス 柳田国男 遠野物語』(NHK出版)

作者ひとこと:
 ChatGPTで生成。遠野の曲家(まがりや)をイメージして描かせました。満天の星は、岩手県出身である宮沢賢治(みやざわけんじ)の『銀河鉄道の夜』をイメージしています。イラスト右側には厩舎もあり、灯りに照らされ、馬のシルエットが浮かんでいます。

2025年12月29日月曜日

「十二様」と「咩呂理観音」


十二様(ジュウニサマ)<十二山の神(ジュウニヤマノカミ)、十二明神(ジュウニミョウジン)>

 豊穣多産を司る山の女神。本州北部(特に信州や越後)において山の神として祀られている。十二様と呼ばれるのには諸説あり、一年に十二人の子を産むからだというものや、供える矢の数が十二本であるからだとも、乗っているイノシシが干支で十二番目だからなど、いろいろな説がある。共通しているのは、十二という数字が特別な意味を持っているということだ。山で生計を立てる者も、毎月十二日は神を祀り、山に入らなかったという。ほかにも禁忌は多く、女性は山に入ってはいけないとされ、現在でもそれが守られているところがある。

出典:
『知っておきたい 世界の女神・天女・鬼女』(西東社)

作者ひとこと:
 ChatGPTで生成。山の神を醜女(しこめ)とする伝承も多いので、顔を「十二」と記された布製か紙製かのもので覆い隠しているイメージです。山小屋にいて小さな蝋燭の火のみで生活しているイメージもあり、質素な背景と服装で描かせました。


咩呂理観音(メロリカンノン)

 菅江真澄(すがえますみ)が著した『月の出羽路(でわじ)』に「姫(ヒメ)観音の事は前(サキ)にも話(イヒ)しが、またこゝにもかたらむ。その観世音(カミ)は黒沢山の麓に座(マセ)り、其観世音は、貞任が女(ムスメ)の亡魂(ナキタマ)祭りに安置(スエ)まつれるぼさちと、さだかなるあかしもなし。是(コレ)を考(オモ)ふに観音卅二身化菩薩の内に、女郎婦(メラウ)観音は婦女身也、是を姫観音ンなンども俗言(サトビゴト)に云ひ、河ノ辺ノ郡牛鳴の里にてめろり観音と訛(アヤマ)り伝へて、里に災(コト)有らむ欲(ホリ)には女と化(ナ)りて夜なゝゝ哭歩行(ナキアルキ)給ふ。そをもて泣(メロリ)なンどいひける謬(タグヒ)いと多し。観音和讃には馬郎(バラウ)の家と唱(トナ)ふ、此観音ハ唐ノ憲元年中現見于観音威応伝と、仏像図彙等に見えたり」とある。

出典:
『菅江真澄全集 第七巻 地誌三』(未來社)

作者ひとこと:
 ChatGPTで生成。伝承に準拠させた結果、祈るように手を合わせながら町を徘徊する少女のイラストが生成されました。プロンプトには書いていませんでしたが、AIの出したアイディアを採用し、影が観音像のような姿になっています。

2025年12月28日日曜日

「川熊」と「縊鬼」と「猫鬼」


川熊(カワグマ)

 秋田県雄物川でいう妖怪。秋田侯の先代で、謚(おくりな)を天英院という殿様が、あるとき雄物川に舟を浮かべ、鉄砲で猟をしていた。すると突然、水底より黒い毛の生えた手が伸びてきて、鉄砲を奪ってしまった。その後、しばらくしてから、水練の達者な者が雄物川でも一番の魔所といわれる洪福寺淵に潜ったところ、一丁の鉄砲を見つけた。佐竹藩に什宝として伝わる「川熊の御筒」がそれだという。また、雄物川の下流の河辺郡川添村椿川(河辺郡内か?)には、川熊の手というものが伝わっていた。ある船頭が雄物川の岸に舟をつないでいたところ、深夜に激しい水音とともに舟べりに両手をかけるものがいたので、驚いて鉈(なた)でその手を切り落とすと、川熊の手が舟に残された。猫の手のようだったという。以上は菅江真澄(すがえますみ)の『月の出羽路(でわじ)』にある話だが、新潟県の信濃川にも同じような怪物の伝承がある。信濃川では、大水が起こるのは河熊が堤を切ってしまうからだといわれ、「あの土手がつぶれたのは、河熊のしわざにちがいない」などといったそうである。

出典:
『改訂・携帯版 日本妖怪大事典』(角川文庫)

作者ひとこと:
 ChatGPTで生成。伝承とは異なり、拙作『アマテラスの力を継ぐ者』に出てくる話に合わせ、川熊が奪っていったものを煙管(きせる)に変更しました。


縊鬼(イツキ)<くびれ鬼(クビレオニ)>

 幕末の随筆『反古のうらがき』にみえる妖怪。江戸麹町(こうじまち。東京都千代田区)の某組頭の屋敷で酒宴が開かれたとき、よく酒を飲んでは落語を披露する同心が、約束していたのにもかかわらず姿を見せない。やがてその同心はやってきたが、「今日は急用があるので断りにきた。喰違門(くいちがいもん)に人を待たせているからこれにて」といって、去ろうとする。組頭が「御頭衆の寄り合いで約束を破るとは何事か。わけを話せ」というと、男は「首を括(くく)る約束をした」などと言い出す。そこで、とりあえず男に酒を飲ませて落ち着かせると、そこに、喰違門で首吊り自殺があったという報せがあった。組頭は再度、男にわけを尋ねると、男は「夢のようでよく覚えていないが」と前置きし、次のように語った。
 夕方に喰違門のところまできたら、誰かにここで首を括れと言われた。拒否できない気持ちになり、今日はお頭のもとに行く約束をしているので、ひとこと断ってからにしたいと言うと、その人は組頭の門のところまでついてきて、早く行ってこいと言った。それで断りにきたのだという。その何者かの命令は絶対に守らなければいけないと思い、まったく疑問は感じなかったと、男は淡々と語った。「今は首を括る気があるか」と訊かれた男は、自分で首を括る真似をして、「あな、おそろしや」と言ったという。
 縊鬼は、名前が示すとおりに、首を括らせようとする一種の霊のようなものなのだろう。同心は組頭の機転で命が助かったが、その身代わりとして他の者が首を括ったようである。

出典:
『改訂・携帯版 日本妖怪大事典』(角川文庫)

作者ひとこと:
 ChatGPTで生成。『夜窓鬼談』に描かれた縊鬼をベースに、拙作『アマテラスの力を継ぐ者』に登場するシーンのとおり、子ども部屋での男の子との邂逅を描かせました。


猫鬼(ネコオニ)

 福島県いわき市好間(よしま)町の一部地域には、古くから鶏鬼(トリオニ)、猫鬼、狐鬼(キツネオニ)、熊鬼(クマオニ)の四種類の角を持った幻獣の言い伝えがあり、その頭蓋骨やミイラなども残されている。数十年前には猫鬼伝説などを調べる猫鬼研究会というグループも地元にあったが、現在ではこうした“鬼”伝説はほとんど忘れ去られている。猫鬼界にはヒエラルキーがあり、上から天鬼(テンキ)、空鬼(クウキ)、幽鬼(ユウキ)、野鬼(ヤキ)の4階層に分類できる。野鬼は角が1本あるほかは普通の猫と変わらず、特別な能力は持っていない。その頭領は「アメノカツブシノミコト」を代々襲名する。幽鬼は2本の角を有し、人語を解して化けることができ、。頭領は「アメノマタタビノミコト」を代々襲名する。空鬼は3本の角を持ち、人語を含めたあらゆる動植物語を解し、化けるのに加えて地水火風を自由に操ることができる。頭領は「アメノシャミネンノミコト」を代々襲名する。天鬼は神のような存在で、通常は姿を現すことがなく、人に危害を加えず、角がないので普通の猫と区別ができない。頭領は「ネコテラスオオミカミ」を代々襲名する。野鬼、幽鬼、空鬼の身分は死ぬまで変わらないが、修行を積むとどの階層からでも天鬼になることが可能で、天鬼に変ずると自然と角が落ちる。猫鬼たちは天鬼になるために日夜修行に励んでいる。

出典:
『日本の幻獣図譜 大江戸不思議生物出現録』(東京美術)

作者ひとこと:
 ChatGPTで生成。三本角の生えた空鬼が、風を操って宙に浮いているイメージです。想像していたのとは違い、取ってつけたような角になってしまいましたが、複雑にしすぎても反映されないので、妥協しました。

2025年12月27日土曜日

「三吉霊神」と「齶田浦神」


三吉霊神(ミヨシノオオカミ)

 秋田県秋田市にある「太平山三吉(たいへいざんみよし)神社」に祀られている三柱の御祭神のうち、現在、当社の中心的な御祭神といえる。秋田県内の中央にそびえる太平山は古くから郷土の人々にとって山岳信仰の対象であり、同社創建後も修験道などと習合して崇敬を集めてきた。そうした地元の信仰と結びついて生まれた地域の守護神である。一説には、太平城主であった「藤原鶴寿丸三吉(ふじわらのつるすまるさんきち)」が戦乱に巻き込まれて太平山に逃れ、世を捨てて太平山の神である「大己貴大神(おおなむちのおおかみ)」と「少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)」を深く信仰して現人神(あらひとがみ)となったため、この地の人々がその威徳を尊崇し三吉霊神として祀ったと伝承されている。

出典:
『週刊 日本の神社 第39号』(デアゴスティーニ・ジャパン)

作者ひとこと:
 Geminiで生成。真面目なイメージがあるので、厳めしい顔つきの男性として描かせました。着物の家紋部分には、太平山三吉神社の神紋があります。拙作『アマテラスの力を継ぐ者』に、ぬらりひょんと間違えられるという描写があるので、近くには酒の入った瓢箪も置きました。掛け軸には、太平山っぽい絵を描かせました。


齶田浦神(アギタウラノカミ)

 秋田県秋田市にある「古四王(こしおう)神社」の御祭神の一柱である。齶田浦神はもともと、蝦夷(えみし)の地主神、海洋神ともいわれ、「齶田」は、当地名「秋田」の由来ともなった。古四王神社の創祀は、四道(しどう)将軍のひとり「大毘古命(おおびこのみこと)」が蝦夷征伐の際に「武甕槌命(たけみかづちのみこと)」(齶田浦神)を祀ったことによる。また「斉明(さいめい)天皇」の時代、「阿倍比羅夫(あべのひらふ)」が同地に遠征。以前から祀られていた社に自らの祖・大毘古命を合祀し、古四王神社が成立した。もとは古代城柵で、「坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)」ら武人とも縁の深い同社は、鎌倉幕府や秋田藩主の佐竹(さたけ)氏など武家からも篤い崇敬を受けたという。明治15(1882)年には、近代社格制度のもと国幣小社(こくへいしょうしゃ)に列せられ、以降秋田県内の神社では最も高い社格となった。

出典:
『週刊 日本の神社 第39号』(デアゴスティーニ・ジャパン)

作者ひとこと:
 Geminiで生成。海洋神ともされているので、恵比寿(えびす)のようなイメージの温和な表情でふくよかな体型の男性に描かせました。平安時代のような服装の胸元には、古四王神社の神紋があります。曲げわっぱのなかには、タイの代わりに秋田県の名産であるハタハタを入れ、近くには、川熊に盗まれることとなる煙管(きせる)も配置しました。

2025年12月26日金曜日

「熟穂屋姫命」と「八河江比売」


熟穂屋姫命(ウマシホヤヒメノミコト)

 新潟県にある「彌彦(やひこ)神社」に祀られている「天香山命(あめのかごやまのみこと)<高倉下命(たかくらじのみこと)、伊夜日子大神(いやひこのおおかみ)>」の妻。彌彦神社の境内摂社である「妻戸(つまど)神社」に祀られている。弥彦山海岸側の中腹、大きな岩が口を開いた場所にある祠で、この地では「口開け」と呼ばれている。伝承では、天香山命を追いかけた妃神(ひめがみ)に、行き先を口止めされていた樵(きこり)が道を教えたため石になってしまったという。妃神は自分の欲を詫び、この地にとどまり天香山命の開拓成就を祈願したとされる。天香山命と熟穂屋姫命のあいだに生まれた六柱の息子たちは、それぞれ彌彦神社の摂社である「武呉(たけくれ)神社」「船山(ふなやま)神社」「草薙(くさなぎ)神社」「今山(いまやま)神社」「勝(すぐる)神社」「乙子(おとご)神社」に祀られている。

出典:
『週刊 日本の神社 第29号』(デアゴスティーニ・ジャパン)

作者ひとこと:
 Geminiで生成。拙作『アマテラスの力を継ぐ者』に登場するシーンどおり、田植えに従事している様子を描かせました。野良着の胸元には、彌彦神社の神紋が施されています。


八河江比売(ヤガワエヒメ)<葦那陀迦神(アシナダカノカミ)>

 日本最古の歴史書『古事記(こじき)』に登場する女神。「大国主神(おおくにぬしのかみ)」の系譜に登場する。『日本書紀(にほんしょき)』に名は見られない。祝詞に「天皇(スメラ)が朝廷(ミカド)に、いや高にいや広にいかしヤグハエの如く立栄えしめ、仕へ奉らしめ給へ」(平野祭)、「天皇が朝廷に、いかしヤグハエの如く仕へ奉り、さかえしめ賜へ」(春日祭)等とあり、また古事記の歌にも「うち渡す、ヤガハエなす、来入り参ゐ来れ」(仁徳記〔六三〕)とある。そのヤガ(グ)ハエは弥木栄または八桑枝、または孫枝(ヒコバエ)の意かといわれ定説を見ないが、ヤガハエヒメの名も同様とすれば、それはアシナダカのアシに因縁があるかも知れぬ。それ以上は不明。『古事記』応神天皇の段には「宮主(みやぬし)矢河枝比売(やかはえひめ)」、『日本書紀』同様の段にも「宮主宅媛(みやぬしやかひめ)」という人物が見え、天皇がこの女に逢い婚する話が語られている。

出典:
『古事記注釈 第三巻』(ちくま学芸文庫)
『古事記注釈 第六巻』(ちくま学芸文庫)

作者ひとこと:
 Geminiで生成。両手首・両足首に鈴をつけ、腰には注連縄の帯を巻いています。拙作『アマテラスの力を継ぐ者』に登場するシーンどおり、葦が大きく生長するよう願うための踊りをしている様子を描かせました。

2025年12月25日木曜日

「蟷螂坂」と「化物坂」


蟷螂坂(カマキリザカ)

 新潟県三島郡片貝町(小千谷市)でいう怪異。昔、人を食うほどの大きな蟷螂(かまきり)が坂にいたが、ある冬の大雪で圧死した。以来、蟷螂の祟りからか、その坂で転ぶと、黒い血の出る鎌傷ができて非常に苦しむという。〔類似〕鎌鼬(かまいたち)。

出典:
『改訂・携帯版 日本妖怪大事典』(角川文庫)

作者ひとこと:
 ChatGPTで生成。雪の降り頻るなかを巨大なカマキリが立ち塞がっているシーンをイメージしました。大きさの比較として人間や樹々も描き込み、虫が苦手な人のためにシルエットにしています。


化物坂(バケモノザカ)

 秋田県湯沢市稲庭町(いなにわちょう)には、菅江真澄(すがえますみ)が『雪の出羽路』で「さへの神坂を雲深くあるは、小雨そぼる夕ぐれなんど通れば、男は女に逢ひ、女は男に往き会う事あり、又ぬらりひょん、おとろし、野槌(のづち)なんど百鬼夜行することあると、化物坂といふ人あり」と書き記した坂がある。現在でも塞(さい)の神の社(やしろ)はあり、金精(こんせい)さまと山神が祀(まつ)られている。思うに「男が女に逢い、女は男に往き会う」というのは、この人通りの少なそうな場所を利用した逢引(あいびき)のことを指しているのではないか。また、出てくる妖怪が「ぬらりひょん」「おとろし」「野槌」といずれも鳥山石燕(とりやませきえん)『画図百鬼夜行シリーズ』に登場するものなのは、江戸帰りの秋田藩士が肝試しなどした際に広めたのかもしれない。地元の人に聞いてみたが、「化け物坂」などという名前は知らないし、怪談も特にないという。(後半は、参考文献にした『日本怪異妖怪事典 東北』の著者のひとり・戦狐さんによる聞き書き)

出典:
『日本怪異妖怪事典 東北』(笠間書院)

作者ひとこと:
 ChatGPTで生成。月明かりのなか、「ぬらりひょん」と「おとろし」が肩を並べ、坂道を歩いているイメージです。化物坂で言及された妖怪のなかでも、拙作『アマテラスの力を継ぐ者』にも登場するのが、この二体だからです。

2025年12月24日水曜日

「茨木童子」


茨木童子(イバラキドウジ)

 一時期、「酒呑童子(しゅてんどうじ)」とともに大江山(おおえやま)に居を構え、京の都を荒らしまわっていた鬼。茨木童子と酒呑童子の関係には諸説あり、一の子分だったという説から、じつは女の鬼で、酒呑童子の妻、ないしは恋人だったという説もある。だが、一般的には、酒呑童子に完全に従属していたわけではなく、比較的同格の兄弟分であったとみる意見が多い。酒呑童子が源頼光(みなもとのよりみつ〔-らいこう〕)に討たれた際、茨木童子はただひとり逃げのびている。そして、後日、頼光四天王のひとり、渡辺綱(わたなべのつな)と単独で戦っているのだ。言い伝えによれば、大江山の戦いからしばらく経ったころ、京都の羅城門(一条戻り橋という説もある)に夜ごと、鬼が現れるという噂が立った。そこで、渡辺綱が深夜に訪れてみると、突如、茨木童子が襲いかかってきた。両者は激しく渡り合ったが、ついに渡辺は鬼の片腕を叩き切ることに成功。不利を悟った茨木童子は、その場に腕を置いて逃げていった。それから数日後、渡辺綱の家に叔母が訪ねてきた。渡辺は陰陽師から「鬼が腕を取り返しにくるから、誰も家に入れるな」と言われていたが、世話になっている叔母を無下に追い返すこともできず、家に入れてしまう。だが、叔母は茨木童子が化けたものだった。童子は腕を掴むと、天井を破ってどこかに逃げ去ってしまった。この逸話からもわかるように、茨木童子は最後まで退治されず、生き残る。これは、鬼の伝承としては珍しい例といえよう。もちろん、それだけの実力の持ち主だったということでもある。
 鳥山石燕(とりやませきえん)の『今昔画図続百鬼(こんじゃくがずぞくひゃっき)』「明」には「天井下り(てんじょうくだり)」というものが描かれている。これは、天井から逆さまにぶら下がる妖怪である。添えられた解説文によると「むかし茨木童子は綱が伯母と化(け)して破風をやぶりて出(いで)、今この妖怪は美人にあらずして天井より落(おつ)。世俗の諺(ことはざ)に天井見せるといふは、かゝるおそろしきめを見する事にや」と記されている。天井を見せるとは、石燕が活躍した時代の流行語で、「人を困らせる」意味だったらしい。石燕の妖怪は言葉遊びでつくられたものが多く、この天井下りも例外ではないようである。

出典:
『「仏」と「鬼」の謎を楽しむ本』(PHP研究所)
『日本妖怪大事典』(角川書店)

作者ひとこと:
 ChatGPTで生成。酒呑童子の妻だったんじゃないか説を採用し、また、渡辺綱との対峙シーンをもイメージし、さらに拙作『アマテラスの力を継ぐ者』に登場する茨木童子の娘・美福門(びふくもん)のイメージとも合わせ、鬼女として生成することにしました。

2025年12月23日火曜日

「両面宿儺」


両面宿儺(リョウメンスクナ)<宿儺(スクナ)>

 歴史書『日本書紀(にほんしょき)』に記されている怪物。仁徳(にんとく)天皇治世六十五年のときに「飛騨国(ひだのくに)に一人(ひとりのひと)有(あ)り。宿儺(すくな)と曰(い)ふ。其(そ)れ為人(ひととなり)、体(むくろ)を壱(ひとつ)にして両(ふたつ)の面(かほ)有り。面 各(おのおの)相背(あひそむ)けり。頂(いただき)合ひて項(うなじ)無(な)し。各手足有り。其れ膝有りて膕(よほろ)踵(くびす)無し。力 多(さは)にして軽(かろ)く捷(と)し。左右に剣を佩(は)きて、四(よつ)の手に並(ならび)に弓矢を用(つか)ふ。是(ここ)を以(もっ)て、皇命(みこと)に随(したが)はず。人民(おほみたから)を掠略(かす)みて楽(たのしび)とす。是に、和珥臣(わにのおみ)の祖難波根子武振熊(おやなにはのねこたけふるくま)を遣はして誅(ころ)さしむ」という記述がある。
 岩手県のとある古寺では、その本堂の奥の密閉された空間で、この両面宿儺が、黒ずんだ木箱の中に封じられていたという。その姿は二つの頭が後頭部同士で接合し、腕が左右二本ずつの計四本、体は一つで足は通常通り二本という人間のミイラで、この箱を開けて中身を見てしまうと多くの不幸に見舞われ、直接箱を開いたものは謎の心筋梗塞で死ぬか、精神を狂わされるという被害に遭い、また中身を見ただけの者たちも原因不明の高熱に見舞われたり大怪我をするなどの被害を受けた。その正体は大正時代、ある邪教の教祖が日本国家そのものを呪うために作り出したという怪物。物部天獄(もののべてんごく)という偽名を名乗っていたその男は大正時代、岩手のある部落で生活に困窮した親によって見世物小屋に売られていた結合双生児を大金を出して買い取り、そして彼らを他の奇形の人間たち数人とともに押し込んで殺し合わせる蠱毒(呪術の類)を行った。しかもその儀式は結合双生児が生き残るよう他の者たちにあらかじめ致命傷を負わせた状態で行われ、さらに結合双生児は唯一生き残った後も殺した者の肉や自身の糞尿を食べねばならぬほどの長期間に渡りその地下室に監禁された。そして仕上げとして物部天獄は彼らをまた別の部屋に閉じ込め、食料を与えずに餓死させる。彼はその死体に防腐処理を施し、その死体の腹部に遺跡で発掘された古代において朝廷に反逆していたまつろわぬ民たちの骨を粉状にしたものを入れ、日本神話に語られる怪物、両面宿儺になぞらえた呪物を作り上げた。そして物部天獄はそれを携えて日本中を渡り歩き、実際に彼が訪れた場所ではさまざまな災害が引き起こされたという。最後に物部天獄は相模湾沿岸近辺にて日本刀で喉を掻き切って自害したが、その際に血文字で「日本滅ブベシ」という遺書を残していたという。また彼の自害の直後、関東大震災が発生し、それもまた物部天獄と両面宿儺の起こした災いであった可能性が示唆されている。
 2ちゃんねるオカルト版の「死ぬ程洒落にならない怖い話集めてみない?109」スレッドに、二〇〇五年九月二十一日に書き込まれた怪異、元の話では結合双生児は即身仏にされたといったことが書かれていたが、即身仏は密教系の日本仏教の一部において自らが望んで行う修行であるため、怪物になるために他者から強制される行為には即さないと思われる。『日本書紀』では人民を襲い朝廷に討伐される怪物として記されているが、地元岐阜県では鬼や龍を退治したという伝説が残されていたり、現在も英雄としての信仰が続いていたりと決して悪の側面だけを持つ妖怪ではないことにも留意したい。

出典:
『日本書紀 二』(岩波文庫)
『日本現代怪異事典』(笠間書院)

作者ひとこと:
 ChatGPTで生成。背中がくっついているように見せる構図を出すのに苦戦しました。拙作『アマテラスの力を継ぐ者』に登場する両面宿儺をイメージし、古代の甲冑を身にまとい、片方には剣を、もう片方には弓矢を持たせています。

2025年12月22日月曜日

年末年始の更新について。


冬休みに入ります。「絵の紹介と解説」の更新は、2週間後の2026年1月5日(月)から再開します。


12月23日(火)から翌年1月3日(土)までは、拙作『アマテラスの力を継ぐ者』の章タイトルとなっている妖怪や神などを紹介します(執筆︰ワンタ〔モンキー書房〕)。画像は、ChatGPTやGeminiで生成したものを使用します。

2025年12月19日金曜日

「アエリコ」


アエリコ

バルカン半島の南西部アルバニアの民間伝承において、特定の木(特に桜の老木)に住むとされる悪魔(アエリコは、老木に住む悪魔である、とも)。このアエリコは、木に近づいた者を容赦なく攻撃してくるという。アエリコの住む木の影に触れると痛みを伴う手足の腫れが引き起こされるとされている。

出典:
神魔精妖名辞典
アリアドネの意図
神様コレクション

作者ひとこと:
アエリコのデザインは、体から無数の角、またはトゲを生やしている悪魔の姿に描きました。

2025年12月17日水曜日

「挙父」


挙父(キョホ)


古代中国の地理書「山海経(せんがいきょう)」の西山経に記されている怪獣。この挙父は、崇吾山という山に棲息している獣である。挙父は、猿の様な姿の獣で、腕には模様があり(豹や虎の様な模様のある臂〔かいな〕を持つ、とも)、豹の様な尾(虎の様な尾、とも)を持っている。この挙父は、よく物を投げる(挙父は、人間が近づくと、周りの物を投げつける、とも)。

出典:
幻想類書
山海経動物記
神魔精妖名辞典
幻想動物の事典
山海経 中国古代の神話世界(平凡社)

作者ひとこと:
挙父のデザインは、虎の縞模様がある腕と、豹の様な尻尾を持った猿の姿の怪獣に描きました。

2025年12月15日月曜日

「雍和」


雍和(ヨウワ)


作者ひとこと:
雍和のデザインは、両腕が長い猿の姿の怪物に描きました。口と鼻は嘴の様に長く伸びています。

2025年12月12日金曜日

「鹿蜀」


鹿蜀(ロクショク)

古代中国の地理書「山海経(せんがいきょう)」の南山経に記されている怪獣。この鹿蜀は、杻陽之山(杻陽山)という山に棲息している獣である。鹿蜀は馬の様な姿の獣で、白い頭(白い首、とも)と赤い尾を持ち、体には虎の様な模様がある。この鹿蜀は歌う様に鳴く(鹿蜀の鳴き声は、まるで人が歌うかの様である、とも)。鹿蜀を佩びると子宝に恵まれるという(鹿蜀を持ち歩くと子宝に恵まれる、とも。鹿蜀を食べると子宝に恵まれる、とも。鹿蜀の皮を身体に帯びていると、子宝に恵まれる、とも)。

出典:
幻想類書
山海経動物記
神魔精妖名辞典
幻想動物の事典
山海経 中国古代の神話世界(平凡社)

作者ひとこと:
鹿蜀のデザインは、白い頭と、虎の模様がある体、という姿の馬に描きました。

2025年12月10日水曜日

「幽鴳」


幽鴳(ユウアン)<幽頞>

[2017年9月21日]

古代中国の地理書「山海経(せんがいきょう)」の北山経に記されている怪獣。この幽鴳は、邊春之山(辺春之山)という山に棲息している獣である。幽鴳は、猿の様な姿(オナガザルの様な姿、とも)の獣で、その体には模様がある。この幽鴳は良く笑い、人間を見ると眠ったふりをする。また「幽鴳」という名前は、この獣の鳴き声から名付けられたという(この獣が「ユウアン」と鳴く事から「幽鴳」という名が付いた訳である。幽鴳の鳴き声は、自分の名前を呼ぶ様である、とも言われている)。

出典:
幻想類書
山海経動物記
神魔精妖名辞典
幻想動物の事典
山海経 中国古代の神話世界(平凡社)

作者ひとこと:
幽鴳のデザインは、体に豹の様な模様がある、猿に似た姿の怪物に描きました。

2025年12月8日月曜日

「玉のようなもの」


玉のようなもの(タマノヨウナモノ)


作者ひとこと:
玉のようなもののデザインは、小さな目が二つある、玉の姿の怪異に描きました。

2025年12月5日金曜日

「玉転がし」


玉転がし(タマコロガシ)



作者ひとこと:
玉転がしのデザインは、玉の様な体に、葉っぱの様な手足がついた姿の妖怪に描きました。

2025年12月3日水曜日

「ハンプバック」


ハンプバック<ベス・ブンコック>



ハンプバックのデザインは、長い耳、耳まで裂けた大きな口、背中に生えたトゲを持つ獣人の様な姿の魔物に描きました。

2025年12月1日月曜日

「カカヤン」


カカヤン



カカヤンのデザインは、両方の腕が長い、黒い身体の精霊の姿に描きました。