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2023年4月5日水曜日

「大山咋神」


大山咋神(オオヤマクイノカミ)

日本神話に登場する神の内の一柱。「古事記(こじき)」によれば、大山咋神は「大年神(オオトシノカミ)」と「天知迦流美豆比売(アマチカルミズヒメ)」との間に生まれた神で、「須佐之男命(スサノオノミコト)」の孫にあたる。この大山咋神は「淡海国(おうみのくに。滋賀県)の日枝の山(ひえのやま。比叡山)に坐し、また葛野(かづの。京都市西部)の松尾に坐して鳴鏑(なりかぶら。音をたてて飛ぶ矢)を用つ神」と伝えられている。大山咋神は、別名を「山末之大主神(ヤマスエノオオヌシノカミ)」という。この大山咋神は、秦氏が氏神と崇めた開拓の守護神であり、日吉大社、全国の日枝神社、松尾神社の主神で、「松尾さま(マツオサマ)」と呼ばれる酒神としても知られている。大山咋神は、妻である「建玉依比売命(タケタマヨリヒメノミコト)」との間に、後に上賀茂神社の祭神となる「賀茂別雷命(カモノワケイカヅチノミコト)」をもうけた。建玉依比売命という神名の「玉依」とは、文字通り玉(魂)がよりつくという意味をもつ事から、この女神は大山咋神の巫女だったと思われる。記紀には、大山咋神の御子を建玉依比売命が身ごもったときの話が、次の様に記されている。あるとき、大山咋神が山に狩りに出かけた時の事、獲物に向けて放ったはずの矢がはずれ、小川に落ち流れてしまった。その矢を下流で建玉依比売命が拾った。それは丹塗りの美しい矢だったので、その矢を寝所に飾っていつも眺めていると、いつの間にか建玉依比売命は妊娠してしまった。これは、大山咋神が、丹塗りの矢に化身していたからである。ただ、この時点では、建玉依比売命には夫たる神の正体がわからなかった。建玉依比売命がいよいよ御子を出産すると、建玉依比売命の父神である「賀茂建角身命(カモノタケツヌミノミコト)」は、誕生を祝って七日七夜にわたる宴を催した。そして孫神(賀茂別雷命)に、父親と思う神に神酒を注ぐように命じた。御子が言われるがまま盃を捧げ持ち、天に祈ると、雷鳴が轟き、たちまち天に引きあげられたという。ちなみに、この大山咋神の義父にあたる賀茂建角身命は、日向に天降って「神倭石余比古命(カムヤマトイワレビコノミコト。神武天皇)」を大和に導いた神である。賀茂建角身命は、一説に「八咫烏(ヤタガラス)」と同神ともされ、大和国葛城の地に移り住み、賀茂県主の祖となった。このため大山咋神は、賀茂氏につらなる氏族の氏神ともされる。

出典:
図解 日本の神々(Gakken)

作者ひとこと:
大山咋神のデザインは、弓と、酒の入っている瓢箪を持った神の姿に描きました。

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