茨木童子(イバラキドウジ)
一時期、「酒呑童子(しゅてんどうじ)」とともに大江山(おおえやま)に居を構え、京の都を荒らしまわっていた鬼。茨木童子と酒呑童子の関係には諸説あり、一の子分だったという説から、じつは女の鬼で、酒呑童子の妻、ないしは恋人だったという説もある。だが、一般的には、酒呑童子に完全に従属していたわけではなく、比較的同格の兄弟分であったとみる意見が多い。酒呑童子が源頼光(みなもとのよりみつ〔-らいこう〕)に討たれた際、茨木童子はただひとり逃げのびている。そして、後日、頼光四天王のひとり、渡辺綱(わたなべのつな)と単独で戦っているのだ。言い伝えによれば、大江山の戦いからしばらく経ったころ、京都の羅城門(一条戻り橋という説もある)に夜ごと、鬼が現れるという噂が立った。そこで、渡辺綱が深夜に訪れてみると、突如、茨木童子が襲いかかってきた。両者は激しく渡り合ったが、ついに渡辺は鬼の片腕を叩き切ることに成功。不利を悟った茨木童子は、その場に腕を置いて逃げていった。それから数日後、渡辺綱の家に叔母が訪ねてきた。渡辺は陰陽師から「鬼が腕を取り返しにくるから、誰も家に入れるな」と言われていたが、世話になっている叔母を無下に追い返すこともできず、家に入れてしまう。だが、叔母は茨木童子が化けたものだった。童子は腕を掴むと、天井を破ってどこかに逃げ去ってしまった。この逸話からもわかるように、茨木童子は最後まで退治されず、生き残る。これは、鬼の伝承としては珍しい例といえよう。もちろん、それだけの実力の持ち主だったということでもある。
鳥山石燕(とりやませきえん)の『今昔画図続百鬼(こんじゃくがずぞくひゃっき)』「明」には「天井下り(てんじょうくだり)」というものが描かれている。これは、天井から逆さまにぶら下がる妖怪である。添えられた解説文によると「むかし茨木童子は綱が伯母と化(け)して破風をやぶりて出(いで)、今この妖怪は美人にあらずして天井より落(おつ)。世俗の諺(ことはざ)に天井見せるといふは、かゝるおそろしきめを見する事にや」と記されている。天井を見せるとは、石燕が活躍した時代の流行語で、「人を困らせる」意味だったらしい。石燕の妖怪は言葉遊びでつくられたものが多く、この天井下りも例外ではないようである。
出典:
『「仏」と「鬼」の謎を楽しむ本』(PHP研究所)
『日本妖怪大事典』(角川書店)
作者ひとこと:
ChatGPTで生成。酒呑童子の妻だったんじゃないか説を採用し、また、渡辺綱との対峙シーンをもイメージし、さらに拙作『アマテラスの力を継ぐ者』に登場する茨木童子の娘・美福門(びふくもん)のイメージとも合わせ、鬼女として生成することにしました。

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