自己紹介

このブログでは、僕が描いた神話や伝説などに関する絵や、その絵の解説を載せています。
(イラスト、記事の執筆:マゴラカ、ワンタ) ※2024年度より、月・水・金曜日の21時に更新していきます。

2019年4月30日火曜日

「加牟波理入道」



加牟波理入道(カンバリニュウドウ)

日本に伝わる妖怪。厠(便所)に現れる妖怪で、厠の神とも言われている。鳥山石燕(トリヤマセキエン)の妖怪画集「今昔画図続百鬼(コンジャクガズゾクヒャッキ)」では厠に現れる妖怪で、口から鳥を吐く入道姿で描かれている。また解説文には、大晦日に「がんばり入道郭公(がんばりにゅうどうほととぎす)」と唱えると、この妖怪が現れないと述べられている。また、この言葉を唱えれば、その一年妖怪を見る事無く過ごせるとも言う。兵庫県姫路地方では、大晦日に厠で「頑張り入道時鳥(がんばりにゅうどうほととぎす)」と3回唱えると人間の生首が落ちてきて、これを褄(ツマ)に包んで部屋に持ち帰り、灯りにかざして見ると黄金になっていたという話がある。松浦静山(マツラセイザン)の著書「甲子夜話(カッシヤワ)」には、丑三つ時に厠に入り「雁婆梨入道(ガンバリニュウドウ)」と名を呼んで下を覗くと入道の頭が現れるので、その頭を取り左の袖に入れてまた取り出すと、その入道の頭は小判になっているという。一方で、この呪文は禍をもたらすとも言われており、江戸時代の辞書「諺苑(ゲンエン)」では大晦日に「がんばり入道ほととぎす」の言葉を思い出すのは不吉とされている。加牟波理入道とほととぎすの関連については文政時代の風俗百科事典「嬉遊笑覧(キユウショウラン)」に、厠でほととぎすの鳴き声を聞くと鳴き声を聞いた者に何か不祥事が起きるという俗信が由来で、子供が大晦日に厠で「がつはり(「がつはり」は「がんばり」の訛り)入道ほととぎす」とまじないを唱えるという記述がある。また中国の六朝(リクチョウ)時代の書「荊楚歳時記(ケイソサイジキ)」にも、厠でほととぎすの鳴き声を聞くのは不吉と述べられている。また、ほととぎすの漢字表記の一つ「郭公(カッコウ)」が中国の便所の神「郭登(カクトウ)」に通じるとの指摘もある。郭公と書いて「ほととぎす」と読むのは、江戸時代、かっこうと混同されていた為である。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
加牟波理入道のデザインは、笠を被った人型の姿に描きました。

2019年4月29日月曜日

「肉人」



肉人(ニクジン)

日本に伝わる妖怪。文化時代の随筆「一宵話」に話が載っている。1609年(慶長14年)、駿府城の中庭に肉塊の様な者が現れた。形は小児の様で手はあるが指は無く、肉人というべきものだった。警戒の厳しい城内に入り込む者は妖怪の類であろうと思われたが、捕まえようにも素早く動いて捕まえられない。そうこうしている内に当時の駿府城に住んでいた徳川家康が、その者を外へ追い出すように命じた為、家来達はその者の捕獲を諦めて城から山の方へと追い出した。後に、この話を聞いた薬学に詳しい者は、それは中国の古書にある「封(フウ)」というもので、白澤図にも記載があり、この封の肉を食べれば多くの力を得る仙薬になったと口惜しがった。

出典:
Wikipedia

作者ひとこと:
肉人のデザインは、人型の肉塊の様な姿に描きました。

2019年4月28日日曜日

「ヌッペッポウ」



ヌッペッポウ<ヌッペフホフ>

日本に伝わる妖怪。「画図百鬼夜行(ガズヒャッキヤコウ、ガズヒャッキヤギョウ)」や「百怪図巻(ヒャッカイズカン)」などの江戸時代の妖怪絵巻にある妖怪。顔と体の皺の区別のつかない一頭身の肉の塊の様な姿で描かれている。絵巻には名前と絵があるに過ぎず、解説文の記述がほとんど無いが、その名前や洒落本「新吾左出放題盲牛(シンゴザデホウダイモウギュウ)」に「ぬっぺっぽうといふ化けもの有り。目もなく耳も無く」とあることから、のっぺらぼうの一種と見られている。乾猷平(イヌイユウヘイ)は紫水文庫所蔵の古写絵本(年代不明)に「ぬっべっぽう」という妖怪が描かれており、「古いヒキガエルが化けたものとも狐狸の類ともいう」とあることを紹介している。この「ぬっべっぽう」の絵は「皺の多い琉球芋に短い四肢を配したやうな化物」と表現されている。また、先述の「新吾左出放題盲牛」には「死人の脂を吸い、針大こくを喰う。昔は医者に化けて出てきたが、今はそのまま出てくる……」などと書かれている。昭和・平成以降の文献では、ぬっぺっぽうは廃寺などに現れ、歩き回るなどと記述されている。また文献によっては死者の腐肉が化けて、ひとりでに歩き回っている妖怪で、この妖怪が通った跡には屍の様な臭いが残るとも言われている。しかし、この妖怪は何の目的も無く歩き回っているだけで、気味が悪いだけであり、無害である。人を驚かせるだけに現れるのだろうか。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
ヌッペッポウのデザインは、画図百鬼夜行や百怪図巻などにある図を参考に描きました。

2019年4月27日土曜日

「目競」



目競(メクラベ)

日本に伝わる妖怪。鳥山石燕(トリヤマセキエン)の妖怪画集「今昔百鬼拾遺(コンジャクヒャッキシュウイ)」にあり、「平家物語(ヘイケモノガタリ)」の「物怪之沙汰」において平清盛(タイラノキヨモリ)が遭遇した妖怪を描いたもの。複数の髑髏(ドクロ)が重なり、それぞれが庵を睨んでいる姿が描かれている。平清盛が福原(兵庫県神戸市)に都を移してからのある朝の事。清盛が帳台から出て中庭を見ると、そこには死人の髑髏が無数に転がっていた。しかもそれらの髑髏は右に左に、上に下にとしきりに動き回っていた。あまりの光景に清盛は大声で人を呼んだが誰も来る事は無かった。その内に髑髏は更に増えていき、その髑髏達が一つに合体し、14~15丈(42~45メートル)もの山の様な巨大な髑髏となり、巨大な目玉で清盛を睨みつけた。清盛は意を決し、髑髏の目を負けじと、思い切り睨み返した。すると、やがて大髑髏は、朝露が日の光に溶けるかの様に、跡形も無く消え去った。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
目競のデザインは、目玉の付いた沢山の髑髏が重なり合った姿で描きました。

2019年4月26日金曜日

「木の子」



木の子(キノコ)

日本に伝わる妖怪。奈良県吉野地方や兵庫県の山間部や森の中にいる妖怪で、河童(カッパ)の仲間とも、同じく山中にいる妖怪である山童(ヤマワロ、ヤマワラワ)の一種であるとも言われている。外見は2、3歳から3、4歳程度の子供の様な姿をしていて、木の葉を服の様に身に纏っていたり、青い衣服を着ていたりする。しかし人間がその姿を見ようとするとまるで影の様で、いるかいないかはっきりせず、誰も木の子の姿をはっきりと見た者はいない。木の子達は普段、群れをなして遊んでいて、樵(キコリ)など山で仕事をしている人々はその姿をたびたび見かけており、山仕事をしている人々にとっては木の子はさほど珍しい存在では無い。時には油断していると木の子達に弁当を盗まれるなどの悪戯をされてしまい、そんな時には手に棒を持って振り回せば、木の子達を追い払う事が出来る。


出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
木の子のデザインは、木の葉を服の様に纏った姿に描きました。

2019年4月25日木曜日

「毛羽毛現」



毛羽毛現(ケウケゲン)

日本に伝わる妖怪。体中から髪の様な毛が生えている、毛むくじゃらの姿をした妖怪。鳥山石燕(トリヤマセキエン)の「今昔百鬼拾遺(コンジャクヒャッキシュウイ)」にこの名の妖怪画があり、解説文によれば「毛羽毛現は惣身に毛生ひたる事毛女のごとくなればかくいふか。或は希有希見とかきて、ある事まれに、見る事まれなればなりとぞ」とある様に、この妖怪とは中々出会う事が出来ず、稀にしか見る事が無い。昭和・平成以降の妖怪関連の書籍では、毛羽毛現は家の周囲や床下の様なじめじめした湿った場所を好んで棲み、これに棲み着かれた家には病が流行ったり、調子の悪い人や病人が出るという解説や、病人を出す性質から疫神の一種と考えられるなどの解説がとられている。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
毛羽毛現のデザインは、触手の様に多方向に毛を伸ばした、毛玉の様な姿に描きました。

2019年4月24日水曜日

「ケサランパサラン」



ケサランパサラン

日本に伝わる妖怪で、主に東北地方で見られる、不思議な毛玉。山形県ではテンサラバサラ、宮城県本吉郡、志田郡、黒川郡などではケサラバサラという。兎の尻尾の様な形をした白い毛玉で、小豆から鶏卵くらいの大きさとするのが一般的である。神社の境内や深山などに落ちていたり、庭先などに何処からか飛んで来る。山形県西田川(ニシタガワ)郡念珠関村(ネズガセキムラ)小名部(オナベ)では、雷と一緒に天から落ちて来るもので、天から授かった宝物だとしている。持っていると幸せが訪れると言われ、桐の箱に納めて餌として白粉を与えて大切に扱う。到底、生き物に見えないが、稀に増える事もある。多くの場合は、一年に一度しか見てはならず、禁を犯した人は不幸になる。

出典:
日本妖怪大事典(角川書店)

作者ひとこと:
ケサランパサランのデザインは、小さなケサランパサランが沢山集まった姿で描きました。

2019年4月23日火曜日

「因縁」



因縁(インネン)

日本に伝わる妖怪で、長崎県福江市、南松浦郡でいう憑き物。人格的な霊、つまり人間の死霊や生霊、狐や河童、神仏などが人間に取り憑き、取り憑かれた人間は心身に異常(精神の異常や内臓疾患、皮膚病など)が生じる。それらの霊は主に、取り憑かれた当事者の血縁者や家に関係した者の霊。家周辺を漂う定かならぬ霊や動物霊などである。それらの霊は供養不足や障り、知らせなど、取り憑いた当事者に何らかの要求があるものである。ある人は屋敷内を彷徨う霊達が、供養して欲しい為に因縁となって現れ、体には霊の数だけ腫れ物が出来た。因縁に憑かれた場合は「ホウニン」という呪術師が因縁を祓う事が出来る。ホウニンは因縁を直接目にして言葉を交わし、自分の身に因縁を憑かせてから、要求を受け入れる事によって祓う。

出典:
妖怪邸・妖堂 日記帳
日本妖怪大事典(角川書店)

作者ひとこと:
因縁のデザインは、丸い体から沢山の触手が生えた、霊の姿に描きました。

2019年4月22日月曜日

「牛蒡種」



牛蒡種(ゴボウダネ、ゴンボダネ)

日本に伝わる妖怪で、長野県、岐阜県、福井県に伝わる憑き物の一種。岐阜県飛騨地方のある集落では、75匹の動物が牛蒡種の家に憑いており、それぞれを別名で呼び、それを相手に取り憑かせる。これはかつて、九尾の狐が化けた殺生石を源翁心昭(ゲンノウシンショウ)が砕いた際、その破片が飛び散って、この牛蒡種が生まれたとされている。しかし、これは特別な例であり、普通、牛蒡種は特定の家筋に憑く憑き物で、狐憑きや犬神の様な動物霊では無く、人間の生霊を憑かせるものである。牛蒡種の力は、相手の妬みや羨望の念が元になっており、牛蒡種の家の者に憎まれたり恨まれたりして、睨まれた者は大病や頭痛、精神疾患を患ってしまう。更に牛蒡種の家の者が他家の農作物や蚕、陶器などの器物の良さを羨ましがったり、誉めただけでも、それら他家の農作物や蚕が駄目になったり、器物が壊れてしまう為、恐れられている。ただし、部長、村長、警察官や警察署長などの目上の者や高い地位の者、または牛蒡種憑きの間では、牛蒡種の効力は効かない。牛蒡種の名称は修験者が仏法守護の護法善神を憑依させる儀礼「護法実(ゴボウザネ)」又は牛蒡種の憑きやすさが、植物の牛蒡の種の付着しやすさに似ている事などが由来と考えられている。昭和初期の民俗学者・南方熊楠(ミナカタクマグス)は自著「十二支考」において、牛蒡種を邪視に類するものと述べている。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
牛蒡種のデザインは、腕が長い異様な姿をした霊に描きました。

2019年4月21日日曜日

「大首」



大首(オオクビ)

日本に伝わる妖怪。空中などに現れる、巨大な生首の姿をした妖怪。鳥山石燕(トリヤマセキエン)の「今昔画図続百鬼(コンジャクガズゾクヒャッキ)」に、この名の妖怪画があり、説明文によれば、お歯黒を付けた巨大な女の生首が雨の夜空に現れるものとされるが、これは伝承上にある妖怪では無く、実際には当時の破戒僧を風刺した創作と指摘されている。江戸時代中期の妖怪物語「稲生物怪録(イノウモノノケロク、イノウブッカイロク)」を描いた絵巻「稲亭物怪録」では、物置の戸を開くと巨大な老婆の顔が出現したという怪異が「大首の怪」の題で述べられている。同物語の主人公・稲生平太朗が老婆の顔を火箸で突いた所、少しも動じる事は無く、ねばねばとした感触だったとある。江戸時代の怪談や随筆などの古書には、巨大な女の生首が現れたという事例が多数あり、ほとんどは女性で既婚女性の証としてお歯黒を付けている事が特徴である。それらの正体は、人間の怨霊や執念が妖怪と化したもの、あるいは狐や狸が化けたものと言われている。

出典:
Wikipedia

作者ひとこと:
大首のデザインは、頭に沢山の簪(カンザシ)を載せた、お歯黒を塗った女の生首の姿に描きました。

2019年4月20日土曜日

「面女」



面女(ツラオンナ)

日本に伝わる妖怪。平安時代に現れた、巨大な女の首の姿をした妖怪。恋川春町(コイカワハルマチ)の黄表紙「妖怪仕打評判記(バケモノシウチヒョウバンキ)」によれば、平清盛(タイラノキヨモリ)が福原に遷都した時、夜、庭の前の塀の上に一間に収まりきらないくらいの大きな女の顔が出て笑ったと言い、これが面女である。

出典:
Wikipedia
図説 日本妖怪大鑑(講談社)

作者ひとこと:
面女のデザインは、長い髪の醜い顔の女の生首の姿をした妖怪を描きました。

2019年4月19日金曜日

「アッポッシャ」



アッポッシャ

日本に伝わる妖怪で、福井県福井市の旧越廼(コシノ)村の蒲生(ガモウ)・茱崎(グミザキ)地区に伝わる伝統行事。海に住むという鬼が行儀の悪い子供をたしなめる行事で、福井市の蒲生・茱崎地区では小正月の2月6日の夜、地区の若者扮する赤い顔の鬼が茶釜の蓋を叩きながら「アッポッシャー、アッポッシャ」と言って行儀の悪い子供をたしなめ、餅をもらって帰る。その昔、遭難して越廼の海岸に辿り着いた渡来人が民家に食料を求めた事に由来するとされ、「あっぽ(餅)欲しや」がなまったものとされる。

出典:
Wikipedia

作者ひとこと:
アッポッシャのデザインは、着物を着た鬼の様な姿を描きました。

2019年4月18日木曜日

「アマメハギ」



アマメハギ

日本に伝わる妖怪で、石川県能登半島に伝わる民俗行事。異形の者が大晦日や正月七日などの年替わりの晩に家々を訪れ、厄落としをしたり子供の怠惰を戒めたりする。名前の「アマメ」は囲炉裏や火鉢に長くあたっていると出来る火だこ(温熱性紅斑)の事で、それは怠け者の証とされている。これを剥ぎ取る妖怪がアマメハギである。またアマメハギは「天狗」「ガチャ(鼻べちゃの面を被り、鑿(ノミ)と細工槌を持っている)」「猿(大きな布袋を担いでいる)」の三人一組で家々をまわり、迎える家では餅を三つ差し出すのが習わしになっている。三人は無言で家の中に入り、まず天狗が神棚の下へと進み修祓(シュウバツ)をする。そして、ガチャと猿は「いうこと聞かんと、この袋に入れるぞ」「勉強するか、しないか」などと子供を脅しつける。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳
日本妖怪大事典(角川書店)

作者ひとこと:
アマメハギのデザインは、蓑を着た鬼か怪物の様な姿に描きました。

2019年4月17日水曜日

「油盗人」



油盗人(アブラヌスット)

日本に伝わる妖怪で、怪火の一種。江戸時代の怪談本「古今百物語評判(ココンヒャクモノガタリヒョウバン)」にある怪火。比叡山が全盛期の時代、延暦寺根本中堂の油料を得て栄えた近江の人がいた。しかし後に没落し、失意のうちに死んでいったが、それ以来その人の家の辺りから毎夜の様に怪火が出て、根本中堂の灯火へ向かって飛んで行く様になった。この怪火は、灯火を盗む事は無かったが「油盗人」と呼ばれた。この怪火の噂を聞いたある者が、この怪火を仕留めようとした所、怒りの形相の坊主の生首が、口から火炎を吐いているのを見た。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
油盗人のデザインは、「古今百物語評判」の絵を参考に描きました。

2019年4月16日火曜日

「ふらり火」



ふらり火(フラリビ)

日本に伝わる妖怪で、怪火の一種。鳥山石燕(トリヤマセキエン)の「画図百鬼夜行(ガズヒャッキヤコウ、ガズヒャッキヤギョウ)」、佐脇嵩之(サワキスウシ)の「百怪図巻(ヒャッカイズカン)」、作者不詳の「化物づくし」などの日本の古典の妖怪画に登場する怪火。犬や迦楼羅(カルラ)を思わせる顔をした鳥が炎に包まれた姿をしている。この怪火は炎が主で、鳥が従の関係であると言われ、鳥が炎を出している訳では無い様だ。この怪火は遠くから見ると、提灯を持った酔っ払いが千鳥足でふらふら歩いている様に見える。この怪火は火の化身という説や、供養をされなかった死者の霊魂が現世を彷徨った末に、この様な姿に成り果てたとする説もある。ふらり火が現れたからといって、それといった害も無く、ふらり火の炎も陰火(熱を持たず物を燃やす力もない炎)の為に、火事になるという事も無い。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
ふらり火のデザインは、「画図百鬼夜行」の絵を参考に描きました。

2019年4月15日月曜日

「叢原火」



叢原火(ソウゲンビ)<宗源火>

日本に伝わる妖怪で、怪火の一種。鳥山石燕(トリヤマセキエン)の「画図百鬼夜行(ガズヒャッキヤコウ、ガズヒャッキヤギョウ)」に載っている怪火。京都府の壬生寺(ミブデラ)の周辺に出没する鬼火に似た怪火で、火の中には苦悶の表情を浮かべる僧侶の顔が浮かび上がっている。これはかつて壬生寺の地蔵堂で生前、賽銭や灯明の油を盗んでいた叢原(宗源)という僧侶が死後、仏罰で鬼火になった姿である。

出典:
Wikipedia
ファンタジィ事典

作者ひとこと:
叢原火のデザインは、「画図百鬼夜行」の絵を参考に描きました。

2019年4月14日日曜日

「地黄煎火」



地黄煎火(ジオウセンビ)

日本に伝わる妖怪で、怪火の一種。江戸時代の読本「絵本小夜時雨(エホンサヨシグレ)」に載っている怪火。江州水口(現在の滋賀県甲賀市)の泉縄手という所に、膝頭松という大木があった。この場所で地黄煎(アカヤジオウを煎じた汁を練り込んだ水飴)を売って生計を立てて暮らしていた男がいたが、盗賊に殺されて蓄えていた金を奪われてしまった。しかし男の無念、執念が怪火となり、雨の夜になると膝頭松の所から現れ、空中を漂い飛行するようになった。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
地黄煎火のデザインは、絵本小夜時雨の絵を参考に描きました。

2019年4月13日土曜日

「渡柄杓」



渡柄杓(ワタリビシャク)

日本の京都府北桑田(キタクワダ)郡知井村(チイムラ)に伝わる妖怪で、怪火の一種。この地方には天火、人魂、渡柄杓と3種類の光るものがいる。山村に出没する鬼火の一種で、ふわふわと宙を漂う青白く光る火の玉である。これは柄杓の形に似ていると言われるが、実際に道具の柄杓に似ていると言う訳では無く、実際は火の玉が細長い尾を伸ばして飛ぶ様子が、柄杓の様に見えたのだという。ふわふわと彼方此方へと飛び回るその様子から、渡柄杓と名付けられたのだという。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
渡柄杓のデザインは、細長い尾を持った柄杓の様な姿の火の玉を描きました。

2019年4月12日金曜日

「天火」



天火(テンカ、テンビ、テンピ)

日本に伝わる妖怪で、怪火の一種。愛知県では、夜間であるにも関わらず、行く手を昼間の様に明るくした。岐阜県では夏の夕空を、大きな音を立てて空を飛ぶ怪火である。佐賀県では、天火が現れると天気が良くなるが、天火が入った家では病人が出るので、人々は天火が出ると鉦を叩いて追い出した。熊本県では提灯大の火の玉が天から落ちて来て、これが家の屋根に落ちると火事になる。また佐賀県一帯でも、天火は火災の前兆と考えられて忌まれた。また、天火は怨霊の一種とも考えられており、熊本県の伝説では、ある男が鬼池村へ漁に出かけたが、村人達によそ者扱いされて虐待されて、それが元で病死した。以来、鬼池村では毎晩の様に火の玉が飛来する様になり、ある夜に火の玉の火が藪に燃え移り、村人達の消火作業の甲斐も無く炎が燃え広がり、村の家々は全焼した。村人達はこれを、死んだあの男の怨霊の仕業だと言って恐れ、彼を虐待した場所に地蔵尊を建てて、毎年冬に男の霊を弔った。また、天火は飛ぶ時に「シャンシャン」と音を出して飛ぶ。佐賀県では、人々は天火を発見すると、そのまま放置すると家が火事に遭うので、天火に人々が群がって念仏を唱えて追い回す。すると天火は、方向転換をして逃げ出し、郊外まで追い詰められた末に、草木の中に姿を消す。また天火は、雪駄で扇ぐ事で追い払う事が出来、安政時代の奇談集「筆のすさび」では、備前国で火災で家を失った人が「他の家の屋根に火が降り、その家の住人が雪駄で火を追いかけた為に、自分の家の方へ燃え移った為、新築の費用はその家の住人に払って欲しい」と代官に取り計らいを願ったという奇談がある。また、江戸時代の奇談集「絵本百物語」では天火により家を焼かれた者、焼死した者が彼方此方にいるとある。また同書の奇談によれば、ある所に非情な代官がおり、私利私欲の為に目下の者を虐待し、目上の者にまで悪名を負わせる程だったが、代官の座を降りた翌月、火の気の無いはずの場所から火が出て自宅が焼け、自身も焼死し、これまでに蓄えた金銀、財宝、衣類などもあっという間に炎に焼かれて、煙と灰になった。この火災の際には、一塊の火が空から降りてきた光景が、人々に目撃されていたと言う。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
天火のデザインは、歌舞伎の隈取りの様な模様のある顔を持った、火の玉の姿を描きました。

2019年4月11日木曜日

「遊火」



遊火(アソビビ)

日本の高知県に伝わる妖怪で、怪火の一種。城下や海上に現れる鬼火で色は青く、遠くから見るとまるで鞠の様に見える。すぐ近くの目の前に現れたかと思えば、すぐに五町十町も遠くに離れて飛び去ったりする。また、一つの炎が数十にも分裂したかと思えば、再び一つにまとまったりする。遊火は特に、人間に危害を及ぼす様な事は無い。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
遊火のデザインは、顔のある怪火の姿を描きました。

2019年4月10日水曜日

「野火」



野火(ノビ)

日本の高知県の長岡郡に伝わる妖怪で、怪火の一種である。山中や人里を問わず出現する。傘ほどの大きさの火の玉である。その火の玉が漂って来たかと思うと、それが突然弾けてたちまち砕け、数十もの星の様な光となって地上から4、5尺程の高さの空中に広がり、時にはその範囲は数百間にも渡り光が走り回る。この火を草履に唾をつけて招くと、火がその者の頭上に来て、頭上の空中で煌々と舞う。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
野火のデザインは、星の模様が入った怪火の姿を描きました。

2019年4月9日火曜日

「オボラ」



オボラ<オボロ、オボラビ>

日本の愛媛県の大三島(オオミシマ)に伝わる妖怪で、怪火の一種である。この怪火は亡者の霊である。海上や墓地に現れる。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
オボラのデザインは、舌を出した顔のある怪火の姿を描きました。

2019年4月8日月曜日

「タマセ」



タマセ

日本の千葉県に伝わる妖怪で、怪火の一種である。千葉県の八街(ヤチマタ)市では、人魂の事をタマセと言う。丸く黄色い光の球で、人の頭よりやや小さいが、3メートルあまりの長い尾をひいており、誰にでもその姿を見る事が出来る。家の棟や横すれすれの高さを、若い魂は早く飛び、年老いた魂は遅く飛ぶ。タマセは人間が死ぬ2、3日前から体内から抜け出て、縁の深い人の家の雨戸に強く当たり大きな音を立てるが、その音は縁の深かった人以外には聞こえない。また、28歳までにタマセの姿を見なかった者には、夜道でタマセが「会いましょう、会いましょう」と言いながらやって来るので、これを見るのが嫌な者は、28歳まで見た事が無くても見たふりをして誤魔化せば、タマセはやって来ない。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
タマセのデザインは、長い尾を引いて飛ぶ、顔のある人魂の姿に描きました。

2019年4月7日日曜日

「陰火」



陰火(インカ)

日本に伝わる妖怪で、怪火の一種である。陰火は、亡霊や妖怪が出現する時に、共に現れる鬼火の一種であり、夜間、寂しい場所で青白く光っている事もある。「和漢三才図会(ワカンサンサイズエ)」によれば、普通の火(陽火)は草木に触れると、これを焼き、湿気によって火の勢いは弱まり、水を掛けると火は消えるが、陰火は逆で、草木に触れても草木を焼かず、湿気によって火の勢いは強まり、水を掛けるとますます燃え盛り、火が天を焦がさんばかりに燃え上がると言う。つまり、陰火は水気があるとよく燃え、陰火が雨のそぼ降る夜に現れるのは、この為だと考えられた。

出典:
Wikipedia
日本妖怪大事典(角川書店)

作者ひとこと:
陰火のデザインは、顔のある怪火の姿に描きました。

2019年4月6日土曜日

「イゲボ」



イゲボ

日本の三重県に伝わる妖怪で、怪火の一種である。三重県の度会(ワタライ)郡では、鬼火の事をイゲボと言う。

出典:
怪異・妖怪伝承データベース

作者ひとこと:
イゲボのデザインは、顔のある怪火の姿に描きました。

2019年4月5日金曜日

「蓑火」



蓑火(ミノビ)<蓑虫(ミノムシ)、蓑虫の火(ミノムシノヒ)、蓑虫火(ミノムシビ)、ミノボシ、ミーボシ、ミームシ>

日本の滋賀県に伝わる妖怪で、怪火の一種である。旧暦五月頃の梅雨の雨がしとしと降る夜に、琵琶湖の湖上を往来する船に乗っている人が着ている蓑に、まるで蛍の光の様な火の玉が点々と付く怪異である。この時、落ち着いて蓑を速やかに脱ぎ捨てれば火は消えるが、慌てて火を手で払いのけようとすれば火は砕けてどんどん数を増し、しまいには星の瞬きの様にキラキラ光りながら全身を包んでしまう。この火は陰火の為、熱くは無い。この蓑火は、琵琶湖で溺死した人間の怨霊が、姿を変えた火と言われている。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
蓑火は沢山の小さな火の玉が集まったデザインで描きました。

2019年4月4日木曜日

「川蛍」



川蛍(カワボタル)

日本の千葉県に伝わる妖怪で、印旛沼(インバヌマ)に現れる怪火の一種である。「亡者の陰火」とも呼ばれる。この川蛍の火は、物を燃やしたり熱かったりしない陰火である。川蛍は夏から秋にかけての雨の降る晩によく現れる、蛍の光の様な蹴鞠(ケマリ)程の大きさの火の玉で、水上の約30センチメートルから60センチメートル程の高さをふらふらと飛び回る。また、数多く現れ集まって、くっついたり離れたりを繰り返す事もある。夜に印旛沼で漁をすると、川蛍が舟の中に入って来る事があり、この時、川蛍を棹(サオ)で叩くと火が砕け、一面に広がり周りが火の海の様になるが、一切燃え移る事はない。やがて火も自然に消えるが、舟には強烈な生臭ささが残り、また舟に油に似たヌルヌルしたものが付着している。この油に似たものは、中々落ちない。この川蛍の正体は、狸や鼬の仕業とも言われている。

出典:
妖怪邸・妖堂 日記帳
神魔精妖名辞典

作者ひとこと:
川蛍のデザインは、発光する球状の虫の様な姿に描きました。

2019年4月3日水曜日

「スウリカンコ」



スウリカンコ

日本の青森県に伝わる妖怪で、怪火の一種である。名前は「汐入村のカン子」という意味。昔、汐入村にカン子という美人の女性がおり、多くの男性達から求婚された。しかし、カン子には想いを寄せている好きな男性がいた為、全ての求婚を断っていた。すると、求婚を断られて不快に思った男達の手によって、カン子は新井田川に生き埋めにされてしまった。それ以来、怪火が飛ぶようになった。この怪火は、雨の日には明滅しながら飛び回る。

出典:
Wikipedia
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
スウリカンコのデザインは、女性の頭が浮かんだ怪火の姿を描きました。

2019年4月2日火曜日

「サダ」



サダ

日本の青森県に伝わる妖怪。この妖怪は、山路を歩いている人間に取り憑く。このサダに取り憑かれた人間は鼻水が出る。

出典:
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
サダのデザインは、雪だるまの様な姿の妖怪を描きました。

2019年4月1日月曜日

「御蛭様」



御蛭様(オシツサン)

主に東北地方に伝わる妖怪。その姿は蛭(ヒル)に似ており、耳が生え全身に毛が生えている。この妖怪は水田に潜んでおり、田植えなどをする人間の足にくっついて血を吸う。この妖怪に血を吸われると、風邪を引いてしまう。しかし、この妖怪は田の神の使いでもあるので、田植えの前に田の神に供えた餅などの供え物を食べた人間には襲ってこない。また、御蛭様は秋田県上小阿仁村にある「御蛭神社」では、「宇迦之御魂(ウカノミタマ)神」と共に神として祀られている。

出典:
日本の妖怪と民族神(モンキー出版)

作者ひとこと:
御蛭様のデザインは、伝承通りにしました。一緒に祀られている宇迦之御魂神の神使である、狐の耳と首にかけた幕を付けた姿に描きました。

※すみません、エイプリルフールです。



本日の13時に新元号発表の記事を公開しました。カーソルをあわせると「安久」から、本当の元号である「令和」に切り替わります。二つの画像をつなげた元々のイラストが、上に載せてあるものです。

byワンタ

新元号発表!

日本で使われた最初の元号とされる「大化」から数えて、248番目の新元号が本日発表されました。


新元号発表の流れ。

8:33頃
官房長官 官邸入り。

9:00前
有識者、官邸入り。

9:05頃
総理、官邸入り。「希望に満ちあふれた、新しい時代につながるような、新元号を決定したいと思います」とコメント。

9:30頃~
総理官邸にて「元号に関する有識者懇談会」。

10:08頃
有識者懇談会、終了。

10:15頃
官房長官、総理官邸を出て衆院議長公邸へ。

10:20頃~
衆院議長公邸「梅の間」にて、衆参正副議長から意見を聴取。

11:00頃~
総理官邸にて、全閣僚会議による協議。のちに臨時閣議を経て改元の政令を決定。

11:40頃~
総理官邸にて、官房長官による新元号発表の会見。天皇による署名を受けて、政令を公布。

12:05頃~
総理官邸にて、首相が談話を読み上げ。

★天皇陛下の退位および新天皇の即位に伴い、5月1日午前0:00から施行。



そして!!
新しく決まった元号は……!!



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