自己紹介

このブログでは、僕が描いた神話や伝説などに関する絵や、その絵の解説を載せています。
(イラスト、記事の執筆:マゴラカ、ワンタ) ※2024年度より、月・水・金曜日の21時に更新していきます。

2019年2月16日土曜日

マゴラカさんからの連絡が途絶えました。

本日アップする予定だったイラストの紹介文を書いたメールが、なぜか一向に送られてきません。こちらから電話をしても繋がらず、本日の「絵の紹介と解説」は休まざるを得ない状況です。翌日以降も連絡がなかった場合、各惑星の大使に連絡を入れて、捜索願を出してもらうつもりです。もしかしたら、なんらかの事件に巻き込まれているのかもしれません。どうか無事であることを祈ります。

by ワンタ

2019年2月15日金曜日

「志多羅神」



志多羅神(シダラガミ)<設楽神、しだらの神>

平安時代、疫病が流行した時、民衆が疫病の流行から逃れる為に信仰した。この神は御霊神でもあり、農業の神ともされた。また志多羅神は八幡神と同系か、或いは八幡神の眷属神ともいわれ、志多羅神は八面の仮面を付け、小さな藺笠(イガサ)を冠していた。名前の「しだら」は音楽の手拍子の意味である。945年に志多羅神が入京するという噂が広まり、志多羅神を信仰する民衆達が志多羅神入京を期待し、熱狂的になり、群衆が歌い踊りながら、摂津から石清水八幡宮まで神輿を担いだ。また、1012年にも九州から京に、志多羅神が向かったという。この志多羅神を祀る時には楽所を設け、人々は手を打ち、鼓などを打ち鳴らして志多羅神を祀った。

出典:
コトバンク

作者ひとこと:
志多羅神のデザインは、御幣を手に持ち面を被った、子鬼の様な姿の神を描きました。

2019年2月14日木曜日

「常世虫」



常世虫(トコヨノムシ)<常世神(トコヨノカミ)>

「日本書紀(ニホンショキ)」に登場する、新興宗教の神。常世虫を祀ると、富と長寿が授けられ、貧者は裕福になり、老人は若返ると説かれた。この神は古来行われてきた共同体的な祭祀の神ではなく、個人の欲求を叶える信仰であるところに特色があるといわれ、民間道教の一種ではないかとの説もある。「日本書紀」によると644年、東国の富士川の近辺の人、「大生部多(オオウベノオオ)」が村人に虫を祀る事を勧め、「これは常世神である。この神を祀れば、富と長寿が授かる」と言って回った。巫覡(フゲキ)等も神託と偽り触れ回った。更に人々に財産を棄てさせ、酒や食物を道端に並べ「新しい富が入って来たぞ」と唱えさせた。やがて信仰は都にまで広がり、人々は常世虫を採って来て清座に祀り、歌い舞い、財産を棄捨して福を求めた。しかし全く益する事はなく、その損害は甚大だった。ここにおいて山城国の豪族「秦河勝(ハタノカワカツ)」は、民が惑わされるのを憎み、大生部多を征伐した。巫覡等は恐れ、常世虫を祀る事はしなくなった。人々は河勝を讃えた。また常世虫とされた虫について「日本書紀」によると「この虫は常に橘の樹に生る。あるいは山椒の樹に生る。長さは4寸余り、親指ぐらいの大きさである。その色は緑で、黒点がある。形は全く蚕に似る」と記され、アゲハチョウの幼虫ではないかといわれる。

出典:
Wikipedia
コトバンク

作者ひとこと:
常世虫のデザインは、触手が沢山生えた虫の様な姿の神を描きました。

2019年2月13日水曜日

「森殿」



森殿(モイドン)

日本で信仰されている神、及び、その神の聖地。森殿は南九州一帯に多く祀られている神で、この神を祀る為の神社の建物はもたず、森の中の大きな椎や楠などの常緑広葉樹の古い大木が、森殿の御神体とされている事が多い。森殿は祟りの激しい民間神で、森殿の祀られている森の敷地内の木の枝を折ったり、薪にしたりすると、その者は皮膚に炎症を起こしたりする。森殿の祀られている敷地内の森の木や葉っぱに触れたり、森殿の祀られている森に近寄るだけでも森殿は祟る事があり、その為、森殿の祭日以外は近寄らないようにするのが常識とされていた。毎年旧暦11月3日の祭日には、森殿に赤飯と餅を供えて祀った。

出典:
日本妖怪大事典(角川書店)
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
森殿のデザインは、注連縄を付けた木や草が生えた、鬼神の様な顔の姿をした神を描きました。

2019年2月12日火曜日

「藪神」



藪神(ヤブガミ)

日本で信仰されている神。主に中国、四国地方や九州西部で信仰されている民間神で、村や屋敷の一隅の藪の中で祀られており、元々祟りを引き起こす御霊や、旅人や奉公人を殺した者が祟りを恐れて、祠を設けて祭り上げたものと言われている。藪神は祟りやすい神で、人間達に祭りを要求する神である。目に見えない霊の一種とされているが、奈良県南部では突然藪から飛び出して子供を驚かす魔物じみた神だとされる。愛媛県の大三島では、11月15日に風が吹く事を「藪神の荒れ」と呼ぶ。島根県西石見地方では、藪神は「地主さん」「塚神さん」とも呼ばれ、旧家の屋敷裏の森に祠を建て、そこの森の木を伐るのを禁じている。地主さんの名前は「地主神」の意味だと言われ、地主さんは土地や屋敷を守る神で、死霊を祀ったものが由来とも言われている。

出典:
日本妖怪大辞典(角川書店)
妖怪邸・妖堂 日記帳

作者ひとこと:
藪神のデザインは、注連縄を付けた木や草が生えた、鬼神の様な顔の姿をした神を描きました。

2019年2月11日月曜日

「ひだる神」



ひだる神(ヒダルガミ)

日本に伝わる、山道などを歩いている人間に取り憑き、その人間に空腹感をもたらす悪霊の類。主に西日本に伝わっている。ひだる神に取り憑かれると、歩いている最中突然に激しい空腹感、飢餓感、疲労を覚え、手足が痺れたり体の自由が奪われたりし、その場から一歩も進めなくなり、ひどい時にはそのまま死んでしまう事もある。ひだる神に取り憑かれる場所は大抵決まっており、山道、峠、四辻、行き倒れのあった場所などが多い。土地によっては火葬場や磯でも取り憑かれる。和歌山県では熊野の大雲取、小雲取という二つの山のあたりに餓鬼穴という深い穴があり、その穴を覗いた者は必ずひだる神に取り憑かれた。三重県では人間のみならず、牛までひだる神に取り憑かれた。また、滋賀県甲賀市から伊賀西山に続く御斎峠では、まだ朝もやの晴れない時刻に、ひだる神が異様に腹の膨れた餓鬼の姿で現れ、旅人の前に腹を突き出して「茶漬けを食べたか」と尋ね、旅人が「食べた」と答えると襲い掛かり、旅人の腹を裂いて、その中に残った僅かの飯粒を貪り食った。ひだる神に取り憑かれた時は、すぐに何か食べ物を食べれば、ひだる神によって体が身動き出来なくなる事はなく、ひだる神を防ぐ為、前もって十分な量の食糧を持ち歩くと良い。その為、弁当を持って山道に行く際には、その弁当を食べ尽くさず一口分残すという心得が伝わっている。もし僅かの食べ物の持ち合わせも無い時には、道端に生えている草を口にすれば、どうにか助かる事が出来るし、また掌に指で「米」と書いて舐めても良い。また土地によっては、食べ物を近くの藪に捨てる、身に着けている衣類を後ろに投げると良い、という方法も伝わっている。愛知県や和歌山県では、木の葉でもいいから口に含むと助かるという。また高知県、長崎県、鹿児島県などでは「柴折様」と呼ばれる祠が峠や路傍に祀られており、ここに折った柴を供えて行くと、その場所を通る人はひだる神を避けられる。ひだる神は餓死者や変死者の霊と考えられており、人知れず死んだ者が祀られる事無く、いつしか周囲を彷徨う怨霊となり、自分が味わった苦しみを他人にも味合わせようとしているのだという。また、ひだる神に取り憑かれて死んだ者は、ひだる神同様の怨霊になり、ひだる神がどんどん増えてしまう。また、ひだる神を山の神や水神の仕業とする土地もある。

出典:
Wikipedia

作者ひとこと:
ひだる神のデザインは、御幣の付いた笠を被った、餓鬼の様な姿を描きました。

2019年2月10日日曜日

「辻神」



辻神(ツジガミ)

日本に伝わる、道が交差した場所「辻」にいる魔物、妖怪の総称。主に中国地方や九州地方に伝わる。古より辻は、現世と来世との境界線になっているという説があり、そのような場所に棲み着きやすい魔物が辻神である。名前には「神」と付いているが、いわゆる人々から信仰される神ではなく、災いをもたらす悪神というべき存在である。南九州から南島にかけての地域では、異界から現れる辻神を防ぐ為、辻、特に丁字路に「石敢當(イシガンドウ、イシガントウ、セッカントウ。石勘当とも)」という魔除けの石を路傍に置く風習がある。鹿児島県屋久島宮ノ浦では、丁字路において1本の道が他の道に交わる突き当たりの正面に家を建てると、辻神がその家の中に入り込み、そうした家では病人が絶えず不幸が続く為、突き当たりの正面に石敢當として長方形の石を配置するという。

出典:
Wikipedia

作者ひとこと:
辻神のデザインは、頭に御幣を付けた霊の様な姿に描きました。人間の目には見えない悪霊の様なものをイメージしています。

2019年2月9日土曜日

「盗人神」



盗人神(ヌスビトガミ、ヌスットガミ)

日本で信仰されている神。この神は盗人を保護する神といい、ある時、神社の境内に逃げ込んできた盗人を神が匿ったという伝説も残っている。千葉県市原市の建市神社では、この神社の神が盗人を守護するので、盗人がこの神社の地に隠れると追手からは盗人の姿が見えなくなるという言い伝えがある。おそらく、特定の神社の境内に入ると、盗人も神社の裁量で処置出来た慣習の名残であろうと考えられる。また、長野県大町市の盗人宮は、盗賊を殺して祀ったものである。また、盗人神は盗人が信仰する神とも言われている。

出典:
コトバンク

作者ひとこと:
盗人神のデザインは、マントの様な衣を羽織り、小判で出来た冠を被った姿の神を描きました。

2019年2月8日金曜日

「若宮」



若宮(ワカミヤ)

日本で信仰されている神、または神社。基本的には本宮の摂・末社として、主祭神の御子を神に祀る社をいうが、ときに本宮に対して、その主神の分霊を勧請した社を若宮といい、また非業の死を遂げた怨霊を慰め鎮めるために祀った社を、若宮と称する例も少なくない。

出典:
コトバンク

作者ひとこと:
若宮のデザインは、多数の札が付いた鬼神の様な顔の面の姿に描きました。若宮の中でも、怨霊を祀っている若宮をイメージしています。

2019年2月7日木曜日

「龍蛇様」



龍蛇様(リュウジャサマ)

日本で信仰されている神。出雲地方では旧暦の10月に様々な神社で神在祭という祭りをし、その頃出雲地方に強い風が吹いて大荒れになる時がある。この強い風に乗って日本中の神々が出雲に集い、会議を行うと言われている。この時、強い風の影響からか島根半島の海岸に「セグロウミヘビ」というウミヘビが漂着する事がある。そして出雲大社や佐太神社、日御碕神社では神在祭の儀式で、海辺に漂着したセグロウミヘビが神社に奉納されて、丁重に祀られる。これはセグロウミヘビが神の使いで、出雲にやって来る神々の先導役と伝わるからである。またセグロウミヘビの姿形が、神の使いである龍とも似ている事から「龍蛇様」と呼ばれて敬われている。また龍蛇様は、神々の先導役だけではなく火災予防、水難予防、商売繁盛の神としても信仰され、神在祭の参拝者は龍蛇様に拝礼するだけではなく、龍蛇様の姿を印刷した「龍蛇札」を授かり、それを家でお祀りする。神在祭で祀られた龍蛇様の骸は、信仰の対象として保存される。そして龍蛇様の御霊は「依代」に移され、神送りの行列と共に葬儀の場に送られる。葬儀の場では「船出の儀式」がひっそりと行われ、その後に龍蛇様の御霊はいずこともなく旅立っていくそうである。これら一連の神事は夜に行われ、この神事には出雲大社の宮司はもとより、近くの神社の宮司達も参加して執り行われ、それら一連の神事を「神送りの儀式(神事)」と呼称する。

出典:
Wikipedia ⇒セグロウミヘビ
出雲大社・御朱印

作者ひとこと:
龍蛇様のデザインは、背中に三方を乗せたウミヘビの姿を描きました。

2019年2月6日水曜日

「宇賀神」



宇賀神(ウガジン、ウカノカミ)

日本で信仰されている神。名前の「ウガ」は日本神話に登場する宇迦之御魂神に由来するものと一般的に考えられているが、仏教用語で「財施」を意味する「宇迦耶」に由来するという説もある。トグロを巻いた蛇の体に、老翁や女性の頭部を持った、人頭蛇身の姿をしている。宇賀神は元々、穀霊神・福徳神として民間で信仰されていた神や蛇神、龍神の化身ではないかと推測されているが、その出自は不明である。宇賀神は比叡山・延暦寺の教学に取り入れられ、仏教の神である弁財天と習合、あるいは合体したとされ、その合一神を宇賀弁才天とも呼ばれる。また、宇賀神は弁才天との神仏習合の中で造作され、案出された神という説もある。

出典:
Wikipedia

作者ひとこと:
宇賀神のデザインは、尾で宝珠を持った、人頭蛇身の神の姿を描きました。

2019年2月5日火曜日

「頬那藝神」



頬那藝(ツラナギ)神<頬那芸神>

日本神話に登場する神。「伊邪那岐(イザナギ)神」と「伊邪那美(イザナミ)神」の二柱の間に産まれた男神の「速秋津比古(ハヤアキツヒコ)神」と女神の「速秋津比売(ハヤアキツヒメ)神」との間に産まれた四対八柱の神々の内の一柱で、頬那藝神は「頬那美(ツラナミ)神」と対になっている。名前の「ツラ」は泡のはじける音を表していて、また「ナギ」は凪の事と解釈される。頬那美神は女神で、頬那藝神は男神である。頬那藝神は「大変穏やかな水面の神」であるとされ、頬那美神と共に海や川が荒れないように鎮める役目を持つ神である。

出典:
Wikipedia
日本の神々完全ビジュアルガイド(KANZEN)
コトバンク
古事記を現代語訳してみた

作者ひとこと:
頬那藝神のデザインは、体が泡で出来た男神の姿を描きました。

2019年2月4日月曜日

「頬那美神」



頬那美(ツラナミ)神

日本神話に登場する神。「伊邪那岐(イザナギ)神」と「伊邪那美(イザナミ)神」の二柱の間に産まれた男神の「速秋津比古(ハヤアキツヒコ)神」と女神の「速秋津比売(ハヤアキツヒメ)神」との間に産まれた四対八柱の神々の内の一柱で、頬那美神は頬那芸神と対になっている。名前の「ツラ」は泡のはじける音を表している。また「ナミ」は波の事と解釈される。頬那美神は「際だって泡立っている水面の神」であるとされ、頬那芸神と共に海や川が荒れないように鎮める役目を持つ神である。

出典:
Wikipedia
日本の神々完全ビジュアルガイド(KANZEN)
コトバンク
古事記を現代語訳してみた

作者ひとこと:
頬那美神のデザインは、体が泡で出来た女神の姿を描きました。

2019年2月3日日曜日

「神産巣日神」



神産巣日(カミムスヒ)神<神皇産霊尊、神魂命>

日本神話に登場する神。天地開闢の時に、高天原に一番最初に現れた神の「天之御中主(アメノミナカヌシ)神」に次いで現れた「高御産巣日(タカミムスヒ)神」の次に現れた神。この三柱は「造化の三神」と呼ばれる。名前の「カミ」は褒める意味を持つ言葉で「ムスヒ」は生産や生成を意味し、「ヒ」は霊力を意味する。高御産巣日神と共に創造を神格化した神である。この神は性別が無い神で、かつ姿を隠した「独神」とされているが、神産巣日神を女神とする説もある。高御産巣日神は高天原(天)の中心的存在として神話に関わるのとは対照的に、神産巣日神は高天原に座してはいるが、出雲国(地)系の神々を援助している。「古事記(コジキ)」で「須佐之男(スサノオ)命」が「大気都比売(オオゲツヒメ)神」を殺した時、大気都比売神の死体から五穀が生え、神産巣日神がそれを回収した。神産巣日神は地や穀物との関連が深く、穀物が生育する霊力を大地に与え、豊穣をもたらす地母神的な性格を持つ。神産巣日神は出雲にまつわる神話に多く登場する。「大国主(オオクニヌシ)神」の神話では、大国主神が兄の八十神達によって殺された時に、大国主神の母の「刺国若比売(サシクニワカヒメ)」が神産巣日神に願い出て、神産巣日神に遣わされた「𧏛貝比売(キサカイヒメ)」と「蛤貝比売(ウムカイヒメ)」が大国主神を蘇生させた。また、神産巣日神は自らの子供である「少名毘古那(スクナヒコナ)神」を、国づくりをしていた大国主神の元に遣わし、国づくりをサポートさせた。「出雲国風土記」では、出雲の神々の祖神として尊崇されており、出雲大社の造営は神産巣日神が、出雲の神々を招集して高天原の宮殿をモデルに出雲大社の建築を指揮した。神産巣日神は元々は出雲の土着神だったのではないかという説がある。

出典:
Wikipedia
日本の神々完全ビジュアルガイド(KANZEN)

作者ひとこと:
神産巣日神のデザインは、空中に浮かぶ土偶の様な姿の神に描きました。

2019年2月2日土曜日

「高御産巣日神」



高御産巣日(タカミムスヒ)神<高皇産霊尊、高木神(タカギノカミ)、高木大神(タカギノオオカミ)>

日本神話に登場する神。天地開闢の時に、高天原に一番最初に現れた神の「天御中主(アメノミナカヌシ)神」に次いで現れた。高御産巣日神の次に現れた「神産巣日(カミムスヒ)神」と共に、三柱は「造化の三神」と呼ばれる。名前の「高御」は尊称で、「産巣」は生産や生成、「ヒ」は霊力を意味し、「偉大な生成の霊力を象徴する神」という意味である。神産巣日神と共に創造を神格化した神である。高御産巣日神は別名を高木神というが、この別名は本来、高木が神格化されたものを指したと考えられている。この神は性別が無い神で、かつ姿を隠した「独神」とされているが、高御産巣日神を男神とする説もある。「古事記(コジキ)」では天照大御神の御子神の「天之忍穂耳(アメノオシホミミ)命」が高御産巣日神の娘の「萬幡豊秋津師比売(ヨロヅハタトヨアキツシヒメ)命」と結婚して生まれたのが天孫の「瓊瓊杵(ニニギ)尊」である。瓊瓊杵尊は葦原中津国を治める為、地上に降り立ち、皇室の祖先とされる神である。その為、高御産巣日神は天皇の祖先である皇祖神とされる。国譲り神話では、天照大御神と共に葦原中津国へ神々を派遣し、「大国主(オオクニヌシ)神」に葦原中津国の統治権を譲るように圧力をかけ、神武東征では神武天皇に霊剣の布都御魂(フツミタマ)を与え、天皇の道案内に八咫烏を派遣して、天皇を手助けするなどして神話に登場する。高御産巣日神は高天原の司令官、政治家、長老といった立場で神話に登場する。

出典:
Wikipedia
日本の神々完全ビジュアルガイド(KANZEN)

作者ひとこと:
高御産巣日神のデザインは、空中に浮かぶ三つの男の頭の様な姿の神に描きました。

2019年2月1日金曜日

「活杙神」



活杙(イクグヒ)神<活樴尊>

日本神話に登場する神。名前の「クイ(クヒ)」は「涙ぐむ」などの「くむ」と同じで、何かの兆しが現れる様子を意味し、「活」は生命力、活力という意味で「生育し始める兆し」を意味する。活杙神は生命力の兆しを神格化したものと考えられる。男神の角杙神と対になっていて、「宇比地邇(ウヒヂニ)神」と「須比智邇(スヒチニ)神」が現れ、泥や砂によって段々大地が固まってきた事により、植物などの生物が発成し、育つ事が出来るようになった事を表す神である。角杙神と活杙神は「神世七代(カミヨナナヨ)」の第四代の神である。

出典:
Wikipedia
日本の神々完全ビジュアルガイド(KANZEN)

作者ひとこと:
活杙神のデザインは、体が様々な植物が絡み合って出来た女神の姿を描きました。