野槌(ノヅチ)<野椎神(ノヅチノカミ)>
柄の取れた槌(ハンマー)の形をした妖獣。江戸時代、「和漢三才図会(わかんさんさいずえ)」には実在の生物として載り、鳥山石燕(とりやま せきえん)の「今昔画図続百鬼(こんじゃくがずぞくひゃっき)」では、目鼻がなく、兎を呑み込もうとした姿で描かれている。山に棲み、木や藪の中に潜み、口が大きく、人の足に噛みつく。坂を降りるときは速いが、登るときは遅く、そのため襲われたときは、坂道を駆け登れば、追って来られないらしい。もともとは神とされ、「日本書紀(にほんしょき)」にも「古事記(こじき)」にも、「草野姫(カヤノヒメ。鹿屋野比売神)」の別名として、野槌(野椎神)という名が記されている。ノツチは野の精。ツは助詞ノにほぼ同じで、チは勢威あるものという意味。日本書紀が「句句廼馳(ククノチ)」「野槌」と記しているものを、古事記が「久久能智神(ククノチノカミ)」「野椎神」と記したのは、末尾に「神」という語を新たに加えたのだという。「チ」がすでに一つの霊格を示し、ノツチだけで完結しているため、さらにそれを「神」と称するのは一種の重複で、あとからつけ加えたものと見てよい。古事記で、「大山津見神(オオヤマツミノカミ)」とともに生まれた鹿屋野比売神(野椎神)は、大山津見神との間に、「天之狭土神(アメノサヅチノカミ)」「国之狭土神(クニノサヅチノカミ)」「天之狭霧神(アメノサギリノカミ)」「国之狭霧神(クニノサギリノカミ)」「天之闇戸神(アメノクラドノカミ)」「国之闇戸神(クニノクラドノカミ)」「大戸惑子神(オホトマトヒコノカミ)」「大戸惑女神(オホトマトヒメノカミ)」の八柱を生んだ。霧の神、暗闇の神、惑わしの神を生んだノヅチは、山野に棲む妖怪を産んだとされ、はじめ草の女神だったのが、自らも次第に妖怪視されていった。無住法師がまとめた仏教説話集「沙石集(させきしゅう)」では、ノヅチは徳のない僧侶が生まれ変わったものとして登場する。
出典:
幻想世界の住人たちⅣ 日本編(新紀元社)
日本書紀 一(岩波文庫)
古事記注釈 第一巻(ちくま学芸文庫)
作者ひとこと:
野槌のデザインは、頭に口のみがある蛇の姿の神に描きました。イラストのイメージは、自然に宿る獰猛な精霊、または蛇神という感じです。
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