自己紹介
このブログでは、僕が描いた神話や伝説などに関する絵や、その絵の解説を載せています。
(イラスト、記事の執筆:マゴラカ、ワンタ) ※2024年度より、月・水・金曜日の21時に更新していきます。
(イラスト、記事の執筆:マゴラカ、ワンタ) ※2024年度より、月・水・金曜日の21時に更新していきます。
2019年7月31日水曜日
「サーガラ」
サーガラ
インド神話に登場する蛇族ナーガ達の諸王であるナーガラージャの一人で、仏教では釈迦如来(シャカニョライ)の眷属である八柱の神々、天竜八部衆(テンリュウハチブシュウ)に所属する竜族を率いる八柱の王・八大竜王の一柱。漢訳では「娑伽羅竜王(シャガラリュウオウ。龍王とも)」と呼ばれ、他の八大竜王と共に水中の主であり、幾千万億の眷属の竜達を率いている。サーガラという名前はサンスクリットで「海」や「大洋」を意味し、漢訳された名前も「海竜王」や「大海竜王」など海と非常に関連が深い竜王である。サーガラ自身、海中にある龍宮の王として君臨していた。また、サーガラは旱魃の際に請雨修法(雨乞い)を行った空海が天竺の無熱池から呼び寄せた善女竜王(ゼンニョリュウオウ)や、牛頭天王の后である頗梨采女(ハリサイジョ、ハリサイニョ)や彼女の二人の姉、金毘羅女と婦命女といった女神達の父親である。
出典:
Wikipedia
幻想動物の事典
幻想世界事典
作者ひとこと:
サーガラのデザインは、海中から現れた巨大なコブラの様な姿に描きました。
2019年7月30日火曜日
「人魚」
2019年7月29日月曜日
「南斗星君」
南斗星君(ナントセイクン)
中国において南斗六星(ナントロクセイ)が神格化された道教の神で、同じ様に北斗七星が神格化された神・北斗星君(ホクトセイクン)と対を成している。「死」を司る北斗星君に対して南斗星君は「生」を司っている。北斗星君の性格は厳格で人間達に暗運をもたらすのに対して、南斗星君は温和な性格で人間達に明運をもたらす。この「生」を司る南斗星君と「死」を司る北斗星君の二柱が許可すれば、その人間の寿命を延ばす事も出来ると云われている。東晋時代の短編小説集「捜神記」にある話では、ある青年が易者から若死にすると予言され、青年は大慌てで南にある桑の木の下で碁を打っていた南斗星君と北斗星君に頼みに行った青年は肉や酒を振る舞って精一杯、南斗星君と北斗星君の二柱をもてなすが、北斗星君は無愛想で青年の頼みを聞こうともしない。しかし、その内に南斗星君が北斗星君をとりなし、人間の寿命を書き付けた本を開いた。そして、その青年の寿命が十九となっていたのを、ちょっとした記号を書き加えて九十にしてくれたのだった。南斗星君の容姿については諸説あり、その姿は炎の様に燃え上がる赤い衣に身を包んだ醜い老人、または美しい青年であると云われる。
出典:
Wikipedia
フランボワイヤン・ワールド
作者ひとこと:
南斗星君のデザインは、三つの目を持った若い男の姿に描きました。
2019年7月28日日曜日
「マクタ・ダンティー」
2019年7月27日土曜日
「斗牛」
斗牛(トギュウ)
中国に伝わる、嘉靖年間(1522年~1566年)の時代に中国西内海の水中に棲んでいた龍の一種である。斗牛は鋭く尖った角を持った龍で、風雨を操り、雲や霧を作る事が出来る。また斗牛は金や玉といった宝物を好み、それらで作られた宝柱に巻きついていた事から、中国の寺院において彫像のモチーフとして採用される事が多く、柱に巻きついた形で彫られている龍の大半は、この斗牛であると言われる。この斗牛は、しばしば地上に出没しては帝に仕える宮女達を驚かしていた。困り果てた人々は世皇という徳の高い帝に、斗牛を山中に戻してくれるように嘆願をした。するとその夜、湖が泡立ち真っ二つに割れ、その時、湖中にいた斗牛は割れ目に飲み込まれ、消えてしまった。
出典:
よくわかる「世界のドラゴン」事典(廣済堂出版)
作者ひとこと:
斗牛のデザインは、鋭い角と魚の背鰭を持った龍の姿に描きました。
2019年7月26日金曜日
「ナーガ」
ナーガ
インド神話に登場する、蛇の姿をした半神の種族。蛇族や竜族とも言われ、蛇の精霊あるいは蛇神の様な種族で、コブラを神格化した者達である。ナーガは人間の頭を持ったコブラの姿や人間の上半身と蛇の下半身の姿、純粋に巨大なコブラやインドコブラの姿をしていると言われ、東南アジアなどでは頭が七つある巨大なコブラの姿で表される。ナーガは相手を死に至らしめる恐ろしい猛毒を持つが、脱皮を繰り返して生き延びる強い生命力から、人間達に死と永遠の再生を象徴する存在として崇められている。また、ナーガ達は天気を制御する力を持ち、ナーガが怒ると旱魃に、宥められるとナーガ達は雨を降らす。このようにナーガの感情によって天気が変わってしまうので、ナーガ達は天候に関して責任感を持っており、自身の感情を抑えたりする。チベットではナーガは樹の枝に棲むとされ、吉兆の存在である。ナーガ達は地底世界・パーターラに住んでおり、ナーガ達の間には力の優劣による身分差の様なものがあり、特に力が強大なナーガ達は「ナーガラージャ(蛇の王)」や「マハーナーガ(大蛇)」と呼ばれ、パーターラのナーガ達を支配下に置いている。これら有力なナーガラージャ達は、ガルーダが聖水アムリタを置いたクシャ草を舐めた際、偶然アムリタの水滴がかかっていた部分を舐めた為、不死を得る事が出来た者達である。ナーガ達は聖仙カシュヤパに嫁いだカドゥルーが産んだ1000個の卵から産まれた。仏教では竜または竜王と呼ばれ、釈迦如来(シャカニョライ)の眷属である八柱の神々・天竜八部衆(テンリュウハチブシュウ)の一員である。しかし竜達には善の竜(法行竜)と悪の竜(非法行竜)がある。また竜達は一つに熱風熱沙に焼かれる苦悩、二つに住居を悪風が吹きさらし宝を失い衣が脱げる苦悩、三つに金翅鳥(迦楼羅、ガルーダの事)に食される苦悩がある。
出典:
Wikipedia
神の文化史事典(白水社)
ゼロからわかるインド神話(イースト・プレス)
作者ひとこと:
ナーガのデザインは上半身は人間、下半身は蛇の姿に描きました。
2019年7月25日木曜日
「ナンダ」
ナンダ
インド神話に登場する、蛇族ナーガ達の諸王であるナーガラージャの一人で、仏教では釈迦如来(シャカニョライ)の眷属である八柱の神々、天竜八部衆(テンリュウハチブシュウ)に所属する竜族を率いる八柱の王・八大竜王の一柱。漢訳では「難陀竜王(ナンダリュウオウ。龍王とも)」と呼ばれ、他の八大竜王と共に水中の主であり、幾千万億の眷属の竜達を率いている。ナンダは同じく八大竜王の一柱であるウパナンダ(跋難陀竜王)の兄である。このナンダとウパナンダの兄弟竜王は龍宮の王であるサーガラ(娑伽羅竜王)と戦った事がある。この戦いは海の中で七日七夜に渡って行われたが、この戦いの最中、三竜王はいずれも毒を吐き海水の全てが毒に変わってしまった。そこに大自在天(シヴァ)が現れて三竜王が吐いた海中の全ての毒を吸い取った。毒を吸い取った事によって大自在天の首の色は青くなったが、海中に広がった毒は全て甘露に変わった。また、元々はナンダとウパナンダは仏法に従わない悪竜だった。ある時、舎衛城にいた仏の信者が仏と仏弟子に供養をしようとしたところ、ナンダとウパナンダが現れ、口から瞋恚(シンニ)を吐き、気を吐いて天を雲で覆い天を暗くして、この信者の供養を邪魔した。そこで二竜王を愛波という羅漢が止めようとしたが、二竜王は非常に威力があってかなわなかった。この二竜王は身体で須弥山を七周も巻き隠し、更に頭で覆い、口から気を吐いて霧を出し天を暗くしていた。そこで仏弟子の目連が仏に許しを得て、この二竜王を懲らしめる事にした。目連を見た二竜王は怒って口から煙や火を噴いた。しかし目連も竜に変化し口から煙を出し、その煙は二竜王の身体を何重にも取り巻いた。更に目連は自在に二竜王の体内に入り込んだりした。最後に竜に変化した目連は二竜王より巨大になってナンダ、ウパナンダを他の世界に弾き飛ばした。目連は元の姿に戻り、二竜王も人間の姿になって降参し仏の前に頭を垂れ、仏から五戒を受けたのだった。また、ある時ナンダとウパナンダは阿修羅達と戦った事があったが負けてしまった。仏教では難陀竜王は人身で頭の上に九頭の蛇を乗せ右手に剣を持っていたり、両手で宝珠を持っている姿で表される。難陀竜王は千手観世音菩薩の眷属である二十八部衆の一尊であり、難陀竜王と跋難陀竜王は真言宗で重視される準胝観音の眷属である。また難陀竜王と跋難陀竜王は密教の雨乞いの法会(請雨経法)の時に拝まれる善き龍神である。ナンダは千の頭を持った巨大な蛇の姿のナーガラージャ・シェーシャと同一視される事もある。
出典:
Wikipedia
幻想世界事典
幻想動物の事典
作者ひとこと:
ナンダのデザインは、九つの頭を持った巨大な蛇の姿に描きました。
2019年7月24日水曜日
「ウッパラカ」
ウッパラカ
インド神話に登場する、蛇族ナーガ達の諸王であるナーガラージャの一人で、仏教では釈迦如来(シャカニョライ)の眷属である八柱の神々、天竜八部衆(テンリュウハチブシュウ)に所属する八柱の王・八大竜王の一柱。漢訳では「優鉢羅竜王(ウハツラリュウオウ。龍王とも)」と呼ばれ、他の八大竜王と共に水中の主であり、幾千万億の眷属の竜達を率いている。ウッパラカの名前は「青蓮華」を意味し、名前の通りウッパラカは青蓮華の生ずる聖なる池に棲んでいる。ウッパラカは慈雨を齎し、樹木や草花の生長を司る。また青蓮華(青睡蓮)の紺青色は仏陀の眼の色が紺青色であったり、美しい眼の喩えになったりしている。
出典:
Wikipedia
幻想世界事典
作者ひとこと:
ウッパラカのデザインは、ウッパラカが青蓮華の池に棲んでいるという事だったので、身体から蓮華の花が咲いている竜の様な大蛇の姿に描きました。
2019年7月23日火曜日
「魚伯」
2019年7月22日月曜日
「デーヴァ」
デーヴァ
サンスクリットで神や神々を意味する。名前は「輝かしいもの」、「光り輝く天空」という意味。デーヴァは印欧祖語に遡る言葉で、イランのダエーワとは共通語源。更にラテン語で神を表す言葉・デウスやインド神話の天空神・ディヤウス、ギリシャ神話の主神・ゼウスや古代ギリシャ語を表すテオス、北欧神話の軍神・テュールとは同根語である。「リグ・ヴェーダ」では天、地、水の三領域にそれぞれ十一柱ずつのデーヴァがいるとされる。このデーヴァに対するのがアスラ族である。後のブラーフマナ時代にアスラ達は悪魔とされたが、最初期においてはアスラ達は悪では無くデーヴァ達とは性格の異なる神格を指していた。古代ペルシアのゾロアスター教においてはアスラに対応するアフラ(アフラ・マズダー)が最高神となり、デーヴァに対応するダエーワは悪魔や悪神となった。「リグ・ヴェーダ」のデーヴァは主に太陽や雷などの自然現象の神、工匠などの職能を持つ神、意力などの抽象観念の神に分けられる。その中でも典型的なデーヴァはインドラである。デーヴァ達が住む世界をデーヴァローカと呼ぶ。仏教ではデーヴァは「天部」、「天」、「天人」、「天神」、「天部神」などと漢訳され、デーヴァ達が住む世界デーヴァローカを「天」、「天界」、「天道」、「天上界」などと漢訳される。これら天部達は仏法の守護神であり、福徳神でもあり、天部の神々には現世利益的な信仰を集める者達も多数存在している。これら天部の神々は釈迦の時代以前から古代インドで祀られてきたが、多くは各地の民族や部族の神々であった。それらの民族神は作物の豊穣から魔物退散などの他に、特に戦勝を祈る好戦的な神々が目立った為、仏教経典においては、これら好戦的な神々をも仏陀の威光に服し仏法の元、人々を守護する事を誓ったと説く。そうして仏教を信仰する国の人々を守護する守護尊となったとされる。
出典:
Wikipedia
神の文化史事典(白水社)
作者ひとこと:
デーヴァのデザインは、四本腕を持った姿に描きました。
2019年7月21日日曜日
「土伯」
2019年7月20日土曜日
「プシュパ・ダンティー」
2019年7月19日金曜日
「アナヴァタプタ」
アナヴァタプタ
インド神話に登場する、蛇族ナーガ達の諸王であるナーガラージャの一人で、仏教では釈迦如来(シャカニョライ)の眷属である八柱の神々、天竜八部衆(テンリュウハチブシュウ)に所属する竜族を率いる八柱の王・八大竜王の一柱。漢訳では「阿那婆達多竜王(アナバダッタリュウオウ。龍王とも)」と呼ばれ、他の八大竜王と共に水中の主であり、幾千万億の眷属の竜達を率いている。アナヴァタプタはヒマラヤの北方にある八百里にも及ぶ岸部が金銀、瑠璃、水晶の四宝から成っている池・阿耨達池(アノクダッチ。無熱悩池、ムネツノウチ)に棲んでおり、四方に大河を出して人間の住む大陸・ 閻浮提(エンブダイ。贍部洲、センブシュウ)を潤す。アナヴァタプタは大変慈悲深く菩薩の化身として尊崇せられた。また、アナヴァタプタは馬形の龍達の王である。
出典:
Wikipedia
幻想世界事典
作者ひとこと:
アナヴァタプタのデザインは、艶やかな長髪を持ち冠を被った、穏やかな大蛇の姿に描きました。
2019年7月18日木曜日
「斗母元君」
斗母元君(トボゲンクン)<斗姆元君、斗母娘娘、斗母洪恩天后円明道姥天尊、中天梵气斗母元君>
中国神話に登場する道教の女神で、仏教の神・摩利支天(マリシテン)が道教に取り入れられて誕生した女神である。斗母元君は四つの顔を持ち、六本か八本の腕を持った異形の女神の姿をしている。斗母元君は人間の運命を左右し、人間達の寿命を管理している。また人々に困難が起こった時は、西天摩利支天大聖に変化して人々の困難の原因と戦い、人々を救い、あらゆる災難を除き、利益を賦与する女神である。また中国東北部や河北省などでは斗母元君を子授けの女神として祀る習慣があり、人々に崇拝されていた。また昔、龍漢に周御という国王がいたが、周御の妃の紫光夫人こそが斗母元君だという伝説がある。それによると紫光夫人は早くから聖子を産んで天地を補佐したいという大願を持っていた。ある春の日のこと、金蓮の咲き満ちた玉池の畔で紫光夫人が裸で沐浴していたところ不思議な感覚を覚え、やがて九人の子供を産んだ。その九人の子供の最初の二人が天皇大帝と北極紫微大帝となり、残りの七人がそれぞれ貪狼星、巨門星、禄存星、文曲星、廉貞星、武曲星、破軍星の北斗の七星になった。
出典:
Wikipedia
フランボワイヤン・ワールド
作者ひとこと:
斗母元君のデザインは、四つの頭と八本の腕を持った女神の姿に描きました。
2019年7月17日水曜日
「天皇大帝」
天皇大帝(テンオウダイテイ、テンノウタイテイ、テンノウダイテイ)
中国に伝わる北辰(ホクシン。天の北極)が神格化された存在。古代中国では、地上からは天空のある一点を中心として星々が巡っている様に見える事を知っており、そこを北辰と呼び宇宙の中心と考えられ、やがてその北極が神格化された。道教では北極紫微大帝とも成り、また北斗七星が神格化された北斗真君と習合した。北斗七星は水を汲む「斗(枡や柄杓)」の形をしており、大地を潤す農耕神のシンボルでもあった。「史記」、「星経」には北斗七星は北辰を中心に一晩で一回転し、一年で斗柄(トヘイ)は十二方位を指し、止まる事の無い永久時計として陰陽(太陽と月の事)、そして夏・冬を分け、農耕の作業時期を示し国家安寧を保障するものであるとある。また、その昔、周御国王の妃である紫光夫人が九人の子供を生んだが、その長男が天皇大帝、次男が北極紫微大帝となり、残りの七人の子供達が北斗七星になったという伝説がある。天皇大帝はその聖性の象徴としての神器(鏡と剣)を持っている。天皇大帝は「紫宮或いは「紫微宮」、「紫宸殿」、「大極殿」などと呼ばれる宮殿に住んでおり、また北極星の光芒は紫色とされ、紫色を最高の神聖な色としている。
出典:
Wikipedia
フランボワイヤン・ワールド
作者ひとこと:
天皇大帝のデザインは、冠を被った球体の姿に描きました。球体なのは天の中心の星をイメージしたからです。
2019年7月16日火曜日
「ウパナンダ」
ウパナンダ
インド神話に登場する、蛇族ナーガ達の諸王であるナーガラージャの一人で、仏教では釈迦如来(シャカニョライ)の眷属である八柱の神々、天竜八部衆(テンリュウハチブシュウ)に所属する竜族を率いる八柱の王・八大竜王の一柱。漢訳では「跋難陀竜王(バツナンダリュウオウ。龍王とも)」と呼ばれ、他の八大竜王と共に水中の主であり、幾千万億の眷属の竜達を率いている。ウパナンダは同じく八大竜王の一柱であるナンダ(難陀竜王)の弟であり、後に仏陀となるガウタマ・シッダールタがこの世に生を受けた時、ナンダとウパナンダの兄弟竜王は天から産湯として、それぞれ清浄な冷たい水と清浄な温かい水をガウタマ・シッダールタの身体に注ぎ、その誕生を祝福した。また、仏陀の説法の会座には必ず参じ、仏陀入滅の後も永く仏法を守護した。また、ウパナンダはナンダと共にマガダ国を守護し、マガダ国に慈雨をもたらして国中の人々の飢餓を防いだ。
出典:
Wikipedia
幻想世界事典
ドラゴン(新紀元社)
作者ひとこと:
ウパナンダのデザインは、産湯として使う水を入れた水瓶を持った、羽の生えた大蛇の姿に描きました。
2019年7月15日月曜日
「䟣踢」
2019年7月14日日曜日
「スーリヤ」
スーリヤ
インド神話に登場する太陽神。スーリヤの頭髪は金色で、体は濃い赤色、3つの眼と4本の腕を持っている姿をしている。2本の手には蓮華を持ち、3番目の手で人々に祝福を授け、4番目の手でスーリヤを崇拝する人々を救済する。スーリヤは7頭の栗毛の馬が引く黄金の戦車に乗って、司法神ヴァルナが天空に準備した道を東から西へ駆ける。この黄金の戦車は極めて巨大で、9000ヨージャナ(1ヨージャナ=約7~9キロメートル)もの大きな戦車であった。この黄金の戦車には1年のそれぞれの月に応じて12の天の楽師や隠者、巨人達が順番に乗って天空を巡り、世界に季節のサイクルを知らせる。スーリヤの乗った黄金の戦車が天を駆けると、その姿は空飛ぶ鳥や天空の宝石とも例えられた。天駆けるスーリヤは全ての者に仰ぎ見られる神であり、またスーリヤは全てを見渡して世界を見守り、人間達の行いを監視する神であった。またスーリヤは人間や動物に生命を与え、光や知識を人間にもたらす神であった。人々はスーリヤによって目的を遂げる事が出来、仕事を成し遂げる事が出来るとされ、太陽神スーリヤは人間や動物、更には無生物の守護者であった。スーリヤは人間などに恩恵を与える一方、人間や動物達に害を与える悪魔達に破滅をもたらす。スーリヤは「リグ・ヴェーダ」ではインドラ、アグニと並び、三大主要神の一柱であった。スーリヤの出自には諸説あり、原初の巨人プルシャの目から生まれたとも、創造神ブラフマーの子供とも、天空神ディヤウスの子供とも、女神アディティの息子達アーディティヤ神群の一柱にしてインドラの兄弟ともされる。生まれたスーリヤは太陽神故に生まれた時からその全身は高熱を発しており、余りの熱さに母親に放り出された。後にスーリヤはトヴァシュトリ(ヴィシュヴァカルマン)の娘サンジュニャーと結婚し冥界王ヤマ、ヤミー、そして人類の始祖マヌをもうける。ところが妻のサンジュニャーは夫のスーリヤの発する強烈な光と熱に耐えきれなくなり、代理妻を作って置くと自分は雌馬に変身し、森に逃げ込んで隠れてしまった。最初スーリヤはサンジュニャーが置いた代理妻を本当の妻と思い込んでいたが、ある時代理妻が我が子であるはずのヤマに呪いの言葉を浴びせ掛けていた為、スーリヤは本当の妻でない事に気付き、スーリヤは雄馬に変身しサンジュニャーを見つけ出し連れ戻した。しかしサンジュニャーはスーリヤの熱に消耗していたので、再び妻に逃げられる事のないよう、妻の父親トヴァシュトリがスーリヤの熱と輝きの8分の1を削り取り、ようやくスーリヤの熱と光を弱める事が出来た。この時削り取られたスーリヤの熱と光から神々の様々な武器が作り上げられた。仏教では日天と呼ばれ太陽を宮殿とし、その中に住んでいる。日天は観世音菩薩の変化身の一つともされる。日天はジャヤとビジャヤの二柱を后とし7つの天体・七曜や流星などを眷属としている。日天は八方(東西南北の四方と東北、東南、西北、西南)を護る八方天に天地の二天と日月の二天を加えた十二天からなる仏法の護法善神「十二天」の一柱である。
出典:
Wikipedia
ゼロからわかるインド神話(イースト・プレス)
「世界の神々」がよくわかる本(PHP文庫)
魅力的すぎる世界の神々と神話(大和書房)
作者ひとこと:
スーリヤのデザインは、三つの目と四本の腕を持った姿に描きました。
2019年7月13日土曜日
「ヴィランバー」
ヴィランバー
仏教の法華経陀羅尼品に登場する、法華経を所持し伝える者を守護する10人の女性の鬼神「十羅刹女(ジュウラセツニョ)」の一人。ヴィランバーは仏法に帰依する前は一切の生きとし生ける生き物(衆生)の縁を結んだり切ったり思うままに操る女性の鬼神だった。ヴィランバーは右手に風雲、左手に念珠を持った、顔面が真っ白な女性の鬼神の姿をしており、前に鏡台を立てている。または手に鐃鈸(ニョウハチ)を持っているともされる。漢訳では「毘藍婆(ビランバ)」、「離結(リケチ)」という。
出典:
Wikipedia
仏様の世界
作者ひとこと:
ヴィランバーのデザインは、頭に鐃鈸を被った女性の鬼神の姿を描きました。
2019年7月12日金曜日
「女媧」
女媧(ジョカ)
古代中国神話に登場する女神で、三皇五帝(サンコウゴテイ)の内の三皇の一柱ともされる。同じ三皇の一柱とされる男神・伏羲(フッキ)とは兄妹であり夫婦でもある。女媧は伏羲と共に蛇身人首、または竜身人首の姿をしており、人間の上半身に蛇または竜の下半身を持った姿をしている。「楚辞」の天問に「女媧は人間を作った。では誰が女媧を作ったのか」という問いかけが記されており、女媧は人間を創造した女神である。後漢時代末の応劭(オウショウ)の「風俗通義(フウゾクツウギ)」によると、天地が出来上がった時、世界には女媧しかいなかった。寂しく感じた女媧は川辺の黄土をこねて、丁寧に人間を作った。しかしこれは重労働で、女媧は程なくしてすっかり疲れ果ててしまった。しかし、そうやって生み出した人間達の数は、広大な大地を満たすにはまだまだ足りない。そこで今度は女媧は縄を手にし、縄を黄色い泥に浸した。そうして、たっぷり泥水を含んだ縄を引き上げ、一振りすると地面に滴った泥水の雫の一雫、一雫が人間になった。こうして地上に人間達は満ちたが、最初に丁寧に一人一人作った人間達は支配階級の貴人に、泥水の雫から生まれた人間達は凡庸な下層階級となり、人間社会に能力の差、貧富の差が生まれる様になった。しかし生み出した人間達には寿命があり、放っておけばいずれ皆、死に絶えてしまう。考えた女媧は人間同士を結婚させ、その間に産まれた子供を養育するよう教えた。こうして女媧は人間を創造した女神だけでなく、婚姻制度の創始者ともされる。また苗族やチワン族に残されている神話では、捕らえられていた雷神を逃がしてあげた伏羲と女媧の兄妹は、じきに地上は大洪水になり、大洪水から逃れる為に、これを地面に埋めよ、と雷神の歯を手渡された。やがて雷神の言っていた通りに地上は大洪水に見舞われ、世界の全てが水の底に沈み、全ての人間が溺れ死んだ。ただ、伏羲と女媧だけは雷神の言い付け通りに、埋めた歯から芽吹いた瓢箪で船を作って乗り込み、無事、大洪水を乗り切った。しかし、水の引いた世界で生き残った人間は、この兄妹だけだった。妙齢に達した兄妹は、実の兄妹ゆえにまず神意を伺ってから結婚し、夫婦となったこの兄妹が今いる全ての人間達の祖になった。また女媧は天地が壊れそうになった時に天地を補修した女神でもある。「淮南子(ワイナンシ)」覧冥訓や「列子」などには、ある時、天を支えていた東西南北の四極の柱が壊れ(もしくは傾いた)、大地は割れて裂け、天は上空からずれてしまった。世界中が火災や洪水に覆われ、妖しい猛獣や猛禽類が現れ人々を襲って食い殺し、世界は破滅的な状態となった。世界破滅の危機に女媧は敢然と立ち向かった。まず女媧は五色の石を練って、それを使い天を補修し、次に大亀を殺し、大亀の足を大地の東西南北の四極に立てて、四極の柱の代わりにした。さらに洪水を引き起こしていた黒竜と戦い、黒竜を切り殺し黒竜の体で大地を修復した。更に頻発していた洪水には芦草の灰を撒いて洪水を抑えた。こうして女媧のおかげで人々は救われた。また女媧は七十回生き返る(または七十回変身する)とされ、この女神は農業神としての性格も持つ。女媧は笙簧(ショウコウ)という楽器の発明者でもある。
出典:
Wikipedia
ドラゴン(新紀元社)
神の文化史事典(白水社)
天界・魔界に生きる幻想生物事典(永岡書店)
作者ひとこと:
女媧のデザインは、女性の上半身と蛇の下半身をしている姿に描きました。手には泥に浸した縄を持っています。
2019年7月11日木曜日
「泰逢」
泰逢(タイホウ)
古代中国の地理書「山海経(センガイキョウ)」の中山経に記されている神。萯山(敖岸之山から和山までの計五山の総称)を司り治めており、萯山の山々の南側に好んで住む。泰逢は吉祥神であり、虎の尾が生えた人間の様な姿をしている。泰逢は萯山に出入りする時には閃光を放った。この神は天地の気を動かす事が出来、また風や雨、雲を自在に起こす事も出来る。泰逢を祀る時には一頭の牡羊を犠牲にして捧げ、祭祀に用いる玉器には吉玉を用いて祀る。また鶏も一羽捧げ、捧げた後にその鶏を地下に埋める。祭祀の時の米には稲米を用いた。秦の呂不韋(リョフイ)が食客を集めて共同編纂させた書物「呂氏春秋」音初篇には、夏王朝の第14代帝・孔甲が萯山の麓で狩りをしていたところ、急に大風が吹き、天は薄暗くなってしまい、孔甲は道に迷ってしまった。これは則ち泰逢の仕業であったとある。
出典:
神魔精妖名辞典
プロメテウス
幻想動物の事典
フランボワイヤン・ワールド
作者ひとこと:
泰逢のデザインは、虎の模様のある体に虎の尾を持ち、角を持った人型の神の姿に描きました。
2019年7月10日水曜日
「火眼金睛獣」
2019年7月9日火曜日
「地蔵菩薩」
地蔵菩薩(ジゾウボサツ)
仏教の信仰対象である菩薩の内の一尊。地蔵菩薩は剃髪した声聞・比丘形(僧侶の姿)で、眉間のやや上に白毫(ビャクゴウ)があり、袈裟(ケサ)を身に纏った姿をしている。他の菩薩の様に装身具を身に着けず、着けていても瓔珞(ヨウラク。ネックレス)程度。左手に「全ての願いを叶え、欲しいものを出す」とされる宝の珠・如意宝珠(ニョイホウジュ)を、右手には全ての迷いを覚ます錫杖(シャクジョウ)を持った姿か、左手には如意宝珠を持ち、右手には「願いを叶える」を意味する印相・与願印(ヨガンイン)を結ぶ姿とされる。地蔵菩薩はサンスクリット語では名前を「クシティガルバ」と言う。クシティは「大地」、ガルバは「胎内」、「子宮」を意味する。地蔵菩薩は大地が全ての命を育む力を蔵する様に、苦悩する人々を、その無限の大慈悲の心で包み込み救う。また、この菩薩は大地の様に様々なものを生み出す力を秘めており、その菩提心は大地の様に堅固で、衆生(シュジョウ)の代わりに諸々の苦を受けたとしても、その体も菩提心も決して壊れない。地蔵菩薩は釈迦の入滅後から弥勒仏の出現(5億7600万年後か56億7000万年後)までの無仏世界で活躍し、無仏世界に産まれた者達を救う衆生救済の為、あらゆる場所に様々な姿に変化して現れる。その範囲は六道の全ての世界が対象で、地獄に落ちた者達をも救済する。この時、地蔵菩薩は如来に次ぐ高い見地だったが、「一斉衆生済度の請願を果たさずば、我、菩薩界に戻らじ」との決意で、その地位を退き、六道を自らの足で行脚し、救われない衆生や、親より先に死去した幼い子供の霊を救い、旅を続けている。親より先に死んだ幼い子供達は三途の川を渡れず、賽の河原にいるが、地蔵菩薩は賽の河原に率先して足を運び、子供達を虐める鬼から子供達を守り、子供達に仏法や経文を聞かせて徳を与え、成仏への道を開いていくなど、この菩薩は最も弱い立場の者達を最優先で救済する菩薩であり、古来より地蔵菩薩は絶大な信仰の対象であった。地蔵菩薩は元はバラモンの家系の娘だったが、一心に念じて、地獄から母を救い出す功徳を積んだ。また「地蔵菩薩本願経」によると、昔インドに大変慈悲深い二人の王がいた。一人は自らが仏となってから人々を救おうと考え、後に一切智成就如来という仏になった。だが、もう一人の王は先に人々を悟りの境地に渡してから、自らも悟ろうと考えた。その王が後に地蔵菩薩になった。地蔵菩薩の霊験は膨大にあり、人々の罪業を滅し成仏させたり、苦悩する人々の身代わりになって救済する。中国では偽経とされる「閻羅王授記四衆逆修生七往生浄土経(エンラオウジュキシシュウギャクシュウショウシチオウジョウジョウドキョウ)」や「地蔵菩薩発心因縁十王経(ジゾウボサツホッシンインネンジュウオウギョウ)」によって、道教の十王(地獄において亡者の審判を行う裁判官の様な十尊の尊格)思想と結びついて、中国においては地蔵菩薩は十王の内の一尊・閻魔王と同一の存在であるという信仰が広まった。閻魔王は地蔵菩薩として人々の様子を事細かに見ている為、地獄で綿密に死者を裁く事が出来るとされ、泰山王(太山府君)と共に十王の中心に据えられた。その為、中国においては地蔵王菩薩と呼ばれ、主に死後(地獄からの)の救済を願って冥界の教主として信仰される。明の時代に大成した小説「西遊記(サイユウキ)」では冥界を司る。地蔵王菩薩が孫悟空(斉天大聖)の暴れっぷりを、地獄から天界にいる玉皇大帝に上奏する場面が描かれている。日本においては浄土信仰が普及した平安時代以降、極楽浄土への往生が叶わない衆生は必ず地獄へ堕ちるという信仰が強まり、地獄菩薩に対して地獄における責め苦からの救済を欣求(ゴング)するようになった。この菩薩は六道を巡りながら人々の苦難を身代わりとなって救う、代受苦の菩薩とされた。また、際立って子供の守護尊とされ、「子安地蔵」と呼ばれる子供を抱く地蔵菩薩や小僧姿の地蔵菩薩もある。賽の河原で獄卒に責められる子供を地蔵菩薩が守る姿は、中世より仏教歌謡「西院河原地蔵和讃(サイノカワラジゾウワサン)」を通じて広く知られる様になり、子供や水子の供養において地蔵信仰を集めた。関西では地蔵盆(地蔵菩薩の縁日)は子供の祭りとして扱われる。また地蔵菩薩と道祖神(岐の神)が習合した(平安後期以降、往来に置かれた道祖神は道標の役割を持つようになり、仏教の六道輪廻の観念から六道に迷った衆生を救う地蔵菩薩信仰が民間で盛んとなり、これらの地蔵菩薩と道祖神信仰が結びついて、地蔵菩薩の像を町外れや辻に「町の結界や守護神」として建てられる事も多い)為、日本全国の路傍で地蔵菩薩の石像が数多く祀られた。
出典:
Wikipedia
神の文化史事典(白水社)
仏教画伝 極彩色で蘇った一〇八の仏像(G.B.)
エソテリカ事典シリーズ(1) 仏尊の事典(学研)
作者ひとこと:
地蔵菩薩のデザインは、手に錫杖と如意宝珠を持った僧侶の姿の菩薩に描きました。
2019年7月8日月曜日
「鍾馗」
鍾馗(ショウキ)
中国の民間伝承に伝わる道教系の神。長い髭を蓄え、目を見開いて睨みつける表情で、中国の官人の衣装を着て剣を持った、勇猛な武人の姿をしている。鍾馗は鬼を退治する役割を持った神で、元々は中国の唐代に実在した人物であるとする。伝承によれば、ある時、唐の6代皇帝・玄宗が瘧(おこり、マラリアの事)にかかり、床に伏せていた。玄宗は高熱のなかで夢を見る。夢の中では小鬼が宮廷内で悪戯をして回っていたが、何処からともなく武人姿の大鬼が現れて、小鬼を難なく捕らえて食べてしまった。玄宗がその大鬼にそなたは何者かと尋ねると、その大鬼は「自分は終南県出身の名は鍾馗。武徳年間(618年~626年)に官吏になるため科挙を受験したが落第し、その事を恥じて宮中で自殺した。だが高祖皇帝は自分を手厚く葬ってくれたので、その恩に報いる為にやって来た」と告げた。玄宗は夢から覚めたが玄宗の瘧は治っていた。感じ入った玄宗は著名な画家の呉道玄に命じ、鍾馗の絵姿を描かせた。出来上がった鍾馗の絵を玄宗は駆邪の飾りにした。玄宗は臣下達にも鍾馗図を除夜に下賜し、邪気除けとして新年に鍾馗図を門に貼る風習が行われていた記録がある。宋代になると年末の大儺にも鍾馗図が貼られる様になり、明代末期から清代初期になると端午の節句に厄除けとして鍾馗図を家々に飾る風習が生まれた。鍾馗図は初期には呉道玄の構図の模倣が主だったが、明代に「鍾馗全伝」などの小説が流行すると騎虎図や吉祥図などの多様なバリエーションが生まれ、悪疫除けの風習と共に東アジア一帯に伝播した。日本では疱瘡除けや学業成就に効があるとされ、端午の節句に鍾馗の絵や人形を奉納したりする。また鍾馗の図像は魔除けの効果があるとされ、旗、屏風、掛け軸として飾ったり、屋根の上に鍾馗の像を載せたりする。一説では、元々は終葵(シュウキ)という駆邪の道具が神格化されたものだともいう。
出典:
Wikipedia
神の文化史事典(白水社)
作者ひとこと:
鍾馗のデザインは、よく鍾馗図に描かれている様な勇猛な姿に描きました。
2019年7月7日日曜日
「浄行菩薩」
浄行菩薩(ジョウギョウボサツ)
仏教の法華経(ホケキョウ)の第15章にあたる従地湧出品(ジュウジユジュッポン)第十五の記述によれば、釈迦如来(シャカニョライ)が説法をしていた際に大地が割れ、そこから湧き出た無数の菩薩(この菩薩達を総称して「地湧の菩薩」)の筆頭である4体の菩薩の内の一体。これらの菩薩達は釈迦亡き後の末法の世において仏法を護持する者達である。また、この4菩薩は仏及び涅槃の境涯を表した語である「常楽我浄(ジョウラクガジョウ)」の4つにそれぞれ配当され、浄行菩薩はその内「浄」を表す。
出典:
Wikipedia
作者ひとこと:
浄行菩薩のデザインは、手を合掌した柔和な表情の菩薩の姿を描きました。
2019年7月6日土曜日
「雲霞獣」
2019年7月5日金曜日
「クータ・ダンティー」
2019年7月4日木曜日
「上行菩薩」
上行菩薩(ジョウギョウボサツ)
仏教の法華経(ホケキョウ)の第15章にあたる従地湧出品(ジュウジユジュッポン)第十五の記述によれば、釈迦如来(シャカニョライ)が説法をしていた際に大地が割れ、そこから湧き出た無数の菩薩(この菩薩達を総称して「地湧の菩薩」)の筆頭である、4体の菩薩の内の一体。これらの菩薩達は釈迦亡き後の末法の世において、仏法を護持する者達である。また、この4菩薩は仏及び涅槃の境涯を表した語である「常楽我浄(ジョウラクガジョウ)」の4つにそれぞれ配当され、上行菩薩はその内、「我」を表す。また日蓮宗(法華宗)の宗祖・日蓮(ニチレン)は自らを上行菩薩の生まれ変わりと自覚して法華経の布教活動を行った。
出典:
Wikipedia
コトバンク
作者ひとこと:
上行菩薩のデザインは、厳しい表情の菩薩の姿に描きました。
2019年7月3日水曜日
「神𩳁」
神𩳁(シンチ)
古代中国の地理書「山海経(センガイキョウ)」の西山経に記されている獣。剛山という山に多く棲息する。神𩳁は人間の頭と獣の体の人面獣身の姿で、脚も腕も一本ずつしか無い。鳴き声は呻く様な声を発する。また王圻の「三才図会(サンサイズエ)」に記述のある「神魃」は、剛山という山に多く棲息し、人面獣身で手足が一本ずつしか無い姿で、神魃のいる所には雨が降らない。この神魃は魑魅の類である、とあり、神魃と神𩳁は同一のものを指していると考えられる。また鳥山石燕(トリヤマセキエン)の妖怪画集「今昔画図続百鬼(コンジャクガズゾクヒャッキ)」の「魃(ヒデリガミ)」の頁では、剛山に魃が住み、人面獣身、手と足が一本ずつ風の様に早く走り、魃の居場所には雨が降らない、と述べられている。
出典:
Wikipedia
神魔精妖名辞典
山海経動物記
作者ひとこと:
神𩳁のデザインは、山海経には人面獣身と述べられていますが、旱魃を起こす神魃の記述も合わせ、恐ろしく禍々しいイメージがあったので、手足が一本ずつの異形の姿の怪物を描きました。
2019年7月2日火曜日
「孰湖」
2019年7月1日月曜日
「クンティー」
クンティー
仏教の法華経陀羅尼品に登場する、法華経を所持し伝える者を守護する10人の女性の鬼神「十羅刹女(ジュウラセツニョ)」の一人。クンティーは仏法に帰依する前は、天上界と人間界を自由自在に往来する女性の鬼神だった。漢訳では「皐(皇)諦(コウタイ)」、「何所(カショ)」という。クンティーは膝を立てて座り、右手に裳(モ)、左手に独鈷を持った姿とされる。または焼香を持っているともされる。
出典:
Wikipedia
仏様の世界
作者ひとこと:
クンティーのデザインは背中に羽が生えた、手に独鈷を持った女性の鬼神を描きました。下半身が竜や蛇の様なのは、天上界と人間界を自由自在に往来するイメージです。
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